イカれた彼女が名古屋に旅立ったわけですけどね。
普通なら最後に会って飯でも食うと思うけど(笑)
僕の長年の経験から言いますと、こういう時の女には会わない方がいい。
気持ちを作ってるときに女はそれを乱されたくないわけですよ。
僕はこれを飼い猫から学んだわけです。
子猫の野良猫を保護してアパートで飼ってたら盛りが来て逃げちゃいましてね。
そんでガリガリに痩せて戻ってきたら妊娠してましてね。
獣医の先生から教わった通りの出産に必要なアイテムを買い揃えまして、出産に備えていたわけですよ。
ただね、獣医の先生が80代のお爺ちゃんで発音が悪かったんですね。
ペットシートってありますよね?
ペットがオシッコする場所に敷くシート。
猫が入るくらいの大きさの段ボールの箱に、ペットシートを敷いて下さいと。
他にも、へその緒を母猫が噛みきれなかった時に使う、たこ糸(確か素材は綿だったような)とハサミとか言われてね。
糸の結び方とかも僕が教わったわけですよ。
ハサミはライターで加熱消毒するとかね。
もうこの時点で僕は凄いプレッシャーなわけ。
イカれたやつはその頃は僕のアパートで同棲してたのに病院には僕が猫バッグに入れて通院してたわけですよ。
こういう時に僕は仕事よりも猫を優先するわけです。
でね、お爺ちゃん先生の発音が悪かったんですよ。
もちろん僕の頭も悪いです。
先生の言うペットシートが、僕には、こう聞こえたんです。
「ベッドシーツ」
猫の出産に用意する物のリストを先生の説明をちゃんと聞きながらメモをしてましたからね。
猫の出産にはベッドシーツが必要なんだと。
それで最初に向かったのが、へその緒を結ぶ糸を求めて駅前の商店街にある裁縫道具を扱ってる店(なんかもっとちゃんとした言い方あったよね)に行きましてね。
店のオバサンに用件を伝えまして
「すいません、あのぅ、猫の出産で使う、へその緒を結ぶ糸を…」
そしたら店のオバサンも笑顔で「はいはいはい」ってなもんでしたよ。
みんなこうやって糸を買いに来るんだなって安心したわけですね。
次に僕が向かったのは、ベッドシーツを求めて同じ商店街にある布団屋さんですよ。
店のオバサンに言いましたよ。
「すいません、あのぅ、猫の出産に使うベッドシーツを…」
店のオバサン、は?みたいな。
「あのですね、飼ってる猫が出産することになりまして、それで、ベッドシーツを買いに来ました…」
店のオバサン、は?みたいな。
こっちも引けないわけよ。
うちの家出した猫娘が帰ってきたら妊娠してたわけで、それでも出産するってなったら応援するのが男だろと。
僕としてはベッドシーツを買うまではアパートには帰れませんからね。
先生がそう言ってたからね。
ちゃんとメモしてるからね。
そしたら店の奥にいる別のオバサンを呼びに行ったわけ。
そんで「え?あの、サイズはどのくらいなんですか?」と聞いてくるわけ。
もうやめてよぉ…
猫のサイズって大体ほぼ猫のサイズじゃないですか(涙)
このくらいですって両手で猫のサイズをオバサンに伝えるわけ。
「…えーと、シングルですか?」
(父親不明のシングルマザーではあるけども…)
「シングルですけど、猫が出産する時に使うベッドシーツが欲しいんです」
オバサン二人がダブルで、は?みたいな。
絶対に負けてたまるかと。
うちの娘が初めて出産するにはベッドシーツが必要なんだと。
その僕の燃え盛る闘志がオバサンたちにも伝わったんでしょうね。
シーツを持ってきてくれましてね。
「うちにある一番小さいサイズがこれなんだけど…」って、目の前でベッドシーツをひろげてくれたんですけど…
(いや、デカイだろ…)
でも店にある一番小さいサイズがこれなら買うしかないなと。
ベッドシーツを買って帰って、サイズが大きいからハサミで切って出産用の段ボール箱の底に敷いたんですよ。
こっちが出産の準備に慌ててたら何もしないイカれたやつが仕事から帰ってきて「さっきから何やってんの?」言うから、「先生がベッドシーツを下に敷くように言ってたんだよ」って説明するわけ。
こういうのはちゃんと清潔にしないとダメなんだってベッドシーツの重要性を自分なりに考えるわけですよ。
ちなみに、出産後に産まれたばかりの子猫たちを段ボールの箱に入れたまま病院に診察に連れて行ったら、爺ちゃん先生から開口一番
「この底に敷いてるのはなんですか?」
言われましてね。
「ベッドシーツです!」
って答えたら、烈火の如く叱られまして…
「ダメダメ、こんなの敷いてたら濡れたら冷たくて体温が下がっちゃうでしょ!!」怒られてね。
「こういうね、ペットシートってのが売ってるから、これを敷いて下さい」と。
ペットシートを2~3枚ほど先生から貰いましてね。
娘に合わせる顔がねえなと。
父ちゃん頑張ったけど間違ってたと。
でもまだ父ちゃんにはやることが残ってると。
爺ちゃん先生から今度は「胎盤を食べないとお母さんは母乳が出ません」と。
「胎盤を落としたまま気が付かない猫ちゃんもいます」と。
「もし、落としていたら食べさせて下さい」と。
「食べるのを嫌がったら包丁で細かくして食べさせて下さい」と。
もうね、その日は仕事を休んで1日中ずっと血眼になって胎盤を探し続けたわけですよ。
母猫がロフトに上がったり下に降りたりする度に心配で心配でたまらんのですよ。
イカれたやつは猫が明け方に出産したから、そのまま出社しとるわけや。
どういう神経しとるんだと。
ただね、悲しいことにね、明け方にいよいよ出産するってなった時にね、母猫も不安だったとは思うんだけどさ。
そんときにイカれたやつは呑気に風呂に入ってたわけ。
イカれとるからね。
それなのに、母猫はユニットバスのドアを開けろとガリガリやるわけ。
そんで中に入ってさ、便座からバスタブの上に飛び乗ったわけ。
普段からよくやるけど、今はそれやるの見るだけで怖いわけ。
そしたらさ、呑気に風呂に入ってたイカれたやつの腕を噛んで外に引っ張り出そうとするのよ。
こっちに来てよって猫がやるわけ。
(お、俺じゃダメなのか?)
(そんなに俺じゃ不安なのか?)
(こういうときに男は頼りにならないって言いたいのか?)
女同士の安心感ってのが出産には必要なのかもしれません。
たぶん、猫からしても、男ってのは、なんかイライラするんでしょうね。
だからね、こういう何かを決断するときや、女が腹を括ったときにはね、男は何もしないでいることが安心感を与えることにもなるんですよ。
僕が普通に嫌われてるだけだったりしてね(涙)