がくしゅうしょうがいってなんですのん? | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

ハッピーエンドの作り方のつづきを書くのはその時の記憶があるからいいんだけどさ。



え?もしかして…、俺も学習障害なんじゃねえの?と。(^^;)



障害とか障害者ってなると笑えない空気が漂う。



子供の頃にバカだった人は実は学習障害だったと言われたらさ、慌てて学習障害について調べたりとかすると思うんだよ。



というか、俺の同級生とかは子供がいて親になってる年齢だから、子育ての話題でこういう学習障害の話を聞いたら子供の頃にクラスに必ずいたバカを頭の中にイメージしてさ…



俺のことを勝手に思い出して学習障害のサンプルにされてる可能性すらあるよ。



どうりで最近クシャミが止まらないなと思ってたんだけど、いや、これは花粉症だわ。




今の時代だとさ「あいつ学習障害じゃね?」みたいなイジり方されるんだろうな。



そんで自分が学習障害なのかどうか不安になって病気なのかなって思うわけじゃん。



夜も眠れないくらいに、スマホでずっと検索してると思うのよ。



そう考えると昭和のバカは幸せだったのかもしれないね。



スマホなんか無かったし、グーグルで検索なんかしないからさ。



学習障害だって言うなら学習障害についてなんか“学習”してやんねーよ!!
ヽ(*`Д´)ノ



この世界から争い事が無くならないのは学習が足りないからじゃないのか?



人類の歴史は学習障害なんじゃないのかい?



生き延びる知恵、生き残る為の知識、本当の学問、本物の教養、宇宙も地球もそれらの概念は人間が作り出したモノで、人間を知ることが真実の学習であるとするならば、障害なんてものは思惑に嵌まらない邪魔な存在なんだろうよ。



証明することの出来ない思考は操作することが難しいからね。



社長の息子が生徒会に立候補したのだってそうだろ。



誰もやりたくない、誰も立候補しない、でも誰かがやらなきゃいけない、そんな空気が支配する中で自ら手を挙げ立ち上がる。



集団心理や同調圧力に支配されることが正しい学習だとするなら障害だね。



目の前でイジメられてる子がいてもさ、その子を助けたら今度は自分がイジメられると人間は学習するもんね。



他人である人間の行動や考えには自分や周りが理解することが出来るだけの理由がそこにないと怖いからさ。



脳科学とか心理学とかで先回りしてないと不安なんだよ。



でもさ、誰も見たことない笑顔を学習してると思うよ。



誰も知らないことを彼は学習してるからね。



生徒会の副会長の景色を知ってる人の方が圧倒的に少ないわけじゃん。



目立つと叩かれるってことも彼は誰よりも理解してると思うからさ。



バカな方が余計なこと考えなくていいし、期待もされないから生きやすいかもしれないからね。