友達からの電話8 | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

「悪いけど、すぐ折り返して!」



その理由を聞けるような様子でもなく、俺はすぐに折り返しの電話を掛けた。



久しぶりに話す友達の声は相変わらず低く、俺と同い年なのに少しだけお姉ちゃんぶったような、ようするに女の子らしいキャピキャピ感はまるでなかった。



なぜ女の子にキャピキャピ感を求めるかというと、なんか、怒られなくて済みそうな感じがする。



どういうわけだか知らないが俺は女の子からすぐ怒られる。



他の男と比べて俺が頼りないからなのか、優柔不断で男らしくないからなのか、末っ子感が丸出しなのが見ていて単純にムカつくのだろうか?



残念なことに四六時中キャピキャピした感じでずっと喋ってる女の子など、この世には存在しないみたいだ。



仮に、もし、そういう女の子がいるとしたら、その子は病気です。



俺は大阪近辺に土地勘がないので特定も含めて詳しいことは書けないのだが、友達は粉もんの店を始めたそうだ。



友達の話を詳しく掘り下げるだけの、ゆったりとした会話の余裕はなかったので、なぜそうなったのかはよくわからない。



本職に戻った旦那が嫁にカタギの仕事をやらせる理由がわからない。



“粉を隠すなら粉もん屋”みたいなことか?



そんなアホみたいなことがあるのだろうか?



問題なのは店の名義が友達になっているかどうかだ。



基本的にヤの字の連中は書類上には存在しない。



社名や店名が女の名前っぽい会社とは、そのバックに付いてるヤツはろくなもんじゃない。



旦那の目論見はわからないが、会社の借金はそのまま友達が背負うことになる。



とにかく女を利用することには長けているのだ。



圧倒的な金の力で女を惚れさせる。



何かしらの契約を結ぶまでの時間を金の力でぶっちぎる。



そりゃ何が欲しいか聞かれて冗談半分で言ったベンツを本当にプレゼントされたら喜ぶのが女ってもんだろう。



友達はベンツの所有者にはなったが、やってることは旦那の運転手みたいなことだった。



それが今度は“これは、お前の店だ”と。



旦那は関西弁だから“これは、お前の店や…”なのか、それはどうでもいい。



慣れない環境でも目の前にある仕事と向き合っていれば、それだけでも日々は慌ただしく過ぎていく。



自分の店という特別な空間にもいつかは慣れる。



旦那は金の力で女を喜ばせるのは得意なんだろうけど、女の子ってのは案外ピュアなのだ。



友達と知り合ったばかりの頃にデパートの買い物に付き合うことになって、その中にある100円ショップに立ち寄ったことがあった。



友達の見付けたそれは、友達が働いていた風俗店の女の子たちの中で流行っているという、針でひたすらカラフルな綿みたいなのを突っついて小さな人形を作るキットだった。



どれがいいかと友達から聞かれたので、いくつかある種類の中からブタとペンギンを選んであげた。



友達は俺の部屋でピンク色の綿を針で突っつきながらブタを作り始めた。



不思議なことにその特殊な針を刺す度に綿の塊は固くなるらしく、友達が旦那の愚痴を言った瞬間に針が折れたのだ。



それぐらい力で刺したからなのかわからないが、なぜか旦那の愚痴を言うと2本目の針も折れてしまって、後日ユザワヤまで針だけを買いに行った。



完成したら俺にくれると友達は言っていたが、どうも難しくて諦めたような感じだった。



俺としては女の子からのプレゼントなら下手くそでも嬉しいのだが、友達の美意識としては一生残る物はちゃんとした物を作りたいらしい。



作品に対する美意識。



友達の中にある、この美意識というのは子供の頃に習っていたバレエの影響もあると思う。



小学校を毎日早退してまで外国人の講師の元で10年近くバレエを学んでいたのだから、その美しさを追求することが正しいという環境で育つ表現や作品に対する美意識とは、学校帰りに友人たちと河原に落ちてたエロ本の湿ったページを破らないようにそっと捲る俺の美意識とは訳が違うのだろう。



母親の操り人形だったと友達は言うが、それにより学校を毎日早退することで小学校での友達はずっとイジメられていたと。



その反動もあってか、今では見事なブラックスワンになったわけだ。



だから友達が安室奈美恵やエグザイルが好きだと言うのも、本質的にはダンスという表現をする者としての苦悩を自分が知っているからだと思う。



だけど、友達はそういう風な自分との関連性で表現者に対して語ることは一切なかった。



語るも踊るも美しさの答えとは、教室も稽古場も舞台もスポットライトは光と影を造り出す。



どうも友達がブタを作るのを諦めたっぽいので、店の女の子からお手本の人形を貰ってきて欲しいとお願いした。



友達が貰ってきたのは擬人化したような手足の長いウサギだった。



これはさすがにレベルが違うと思った。



それでも友達が挫折するのは何か嫌だった。



その翌日、仕事から帰宅した俺は残ったペンギンを作ってみることにした。



建設業とはいえ俺も職人のはしくれなので手先の器用さだけなら加藤鷹にも負けない自信はある。



先生のお手本のウサギを 観察した。



パーツの繋ぎ目のごまかし方や、ふわふわに仕上げる部分や、それらを作る為のスキルではなく、完成させる為の手順を盗むのだ。



4時間後にペンギンは完成した。



ちゃんとペンギンの頭にぶら下げる数珠状の金具まで付けた。



仕事を終えた友達に完成したペンギンをあげた。



友達は俺の予想外の器用さに驚きつつも、目をキラキラさせて喜んでいた。



そのペンギンをウサギの師匠や店の女の子たちに友達が見せると全員がその完成度に驚いたという。



本当は作る時には専用のスポンジの板に置いて作るらしいのだが、俺はそんなことすら知らないのでずっと空中で持ったまま針をひたすらつつき続けていたのだ。



それも含めて師匠たちは指を針で刺しながらも一生懸命に作ったんだね、と俺を誉めてくれたと。



友達の旦那には理解することが出来ないだろうが、女の子ってのは案外ピュアなのだ。



1千万のベンツだろうと、たった100円のペンギンだろうと、女の子ってやつは同じように喜べてしまうのだ。




友達の挫折したブタも師匠たちの協力もあって、完成した完璧なブタの人形を貰った。



完璧なのはそれはそれで完結してしまうような気がして、あんまり嬉しくはなかった。



友達の旦那は完璧な嫁を求めるが、それを全ての男たちが求めているかと言うと、実際にはそうでもない。



そんな友達の近状を聞きつつ、着信履歴の謎や折り返しの電話を掛けさせた謎も解けた。



「離婚して欲しいんだけど」と旦那に切り出してから旦那との関係性が更に悪化したと。



警察にも相談しに行ったと。



電話が無言だったとしても、この番号からの着信があったらすぐに自宅まで駆けつけて欲しいと。



友達は落ち着いた話しぶりではあったがその話の内容とは重かった。



話の途中でキャッチが入ったと一旦電話を切った。



再び友達からの着信があって、再び俺は折り返しの電話を掛けた。



友達が旦那から怪しまれているのは事実だった。