我慢に我慢を重ねていたのだが、先生のその一言には黙っていられなかった。
先生から手鏡を渡されて治療中の歯を眺めて愕然とした僕の背後から、こう言われたのだ…
先生「虫歯を削ってたら歯がほとんど無くなっちゃいましたねぇ」
いや、ちょっと待ってくれよと。
レントゲン写真の治療前の歯を指差して先生はさらにこう言うのである…
先生「虫歯は1ヶ月でも進行するのが早いですからねぇ」
いや、だから、そうじゃないだろ!と。
僕「いや、先生ね、そもそも僕が治療に来たのは、この歯の詰め物が取れてしまったからですよ」
まず最初に先生は、その詰め物が取れた歯の隣にある虫歯を抜いたのである。
それで詰め物が取れた歯を治療するなら抜いた歯をまたいでブリッジをした方がいいと薦めてきだ。
僕はブリッジの金額と仕上がり具合について尋ねた。
金額はさほど高くはなかったが、仕上がりについて先生はブリッジの詰め物を僕に見せるだけなのだ。
僕は先生にブリッジが仕上がった時の見本が見たいと、写真とかないんですか?と聞いたのだが、先生は無いと答えた。
「写真はないですねぇ」「でも、皆さんコレを入れてますからねぇ」と。
いくら奥歯でも3連の銀歯となれば、その仕上がり具合が気になるのは当然だと思うのだ。
しかもブリッジをするには手前にある綺麗な歯を削って文字通り橋渡しをすることになる。
それなのに、仕上がりの写真すら用意してないプロ意識に不安を感じたのだ。
女の子からスイーツ的な食べ物を僕が口をアーンして食べさせて貰う時に、ブリッジが見えたせいで楽しい雰囲気が台無しになるのではないか?と。
ブリッジのせいでセックスまで辿り着かなかったらどうするんだ!と。
百歩譲ってセックスまで辿り着いたとしよう。
そうそう、ブリッジと言えばさ…という会話の流れで女の子にブリッジさせた状態のまま挿入することが可能なのか?
そこからジャイアント・スイングみたいにグルグル回して、イク瞬間に投げ捨ててそのまま帰る流れでいいのかな?
それならブリッジするよ。
このように、診察台に乗っている患者の精神状態とは普段の時とは違うのだよ。
痛いのやなんだよ。
なんか怖いんだよ。
そういうね、虫歯よりも先に患者の不安を取り除くことが大切なんですよ。
それでブリッジをやるかどうかは保留にして、他の虫歯を治療しましょうってなったのよ。
こっちは詰め物が外れただけだと思ってるからね。
それで他の歯の治療が終わって、ブリッジはどうしますか?って言われて、悩んでたら、とりあえず次回は歯石を取ったり全体のクリーニングをしましょうと。
そんでクリーニングも終わって、その時にまたブリッジどうしますか?って話をして、やりますと。
そしたら、詰め物が外れた歯も虫歯だと言われたのよ。
聞いてないと。
で、最初に書いた会話になるのよ。
いや、先生、おかしいでしょ!と。
「1ヶ月でも虫歯は進行するのが早いですからねぇ」って言うなら、先に詰め物が取れた歯の虫歯を治療するべきでしょ!
そしたら先生は「その時はぁ、ブリッジをどうするかっていう、話をしてたじゃないですかぁ」と言うのよ。
だったら何で手鏡を見せながら「虫歯を削ってたら歯がほとんど無くなっちゃいました」とか言うんだと。
1ヶ月以上も放置したのは先生の判断だろと。
歯がほとんど無くなる前に最善を尽くす方が先だろと。
こっちは銀歯の面積を気にしてんのよ。
先生の効率と患者の優先順位は違うのよ。
どうせブリッジで削るから虫歯は後回しって考え方はあり得ないだろ。
責任と判断はこっちがするから、医者は歯の医学的な情報は全部よこせと。
ブリッジの仕上がりの写真がねぇって、そんなバカな話はないだろ。
ネットで探すなり同業者に聞くなりできるだろ。
つまり、この先生は患者の気持ちを察する能力が低いなと。
試験勉強ができて、それなりにお金持ちなら開業医にはなれる。
だけど、それと技術は全くの別物なのだ。
そりゃ頭の良さなら先生には勝てないかもしれないが、こちとらガテンの職人ですからね。
手先を動かす作業という点では同じなんですよ。
こっちもミリ単位の世界で仕事をしてますからね。
何が違うかと言うと、僕らの仕事は法的な検査をされるということです。
元請けの自主検査をパスしても設計の検査官の一声で全てをやり直すことになる。
これが建物を造る職人と、虫歯を治療する歯科医との大きな違いだと思います。
先生が失敗しても僕らにはわかりません。
ただ、同じ職人としての思考で観察すると先生が何を考えているのかは手に取るようにわかるんですよ。
先生の手先の動かし方や助手の女に対する指示の出し方、段取りの仕方で職人としてのレベルはわかりますからね。
お前よくそれで独立したもんだなと。
いや、ガテン系の職人でも金が欲しくて3流のまま独立するやつもいますから、その考え方は同じなんですよ。
僕ら職人は手元と言って、歯医者でいう助手の立場からスタートするんですね。
歯科医の助手と職人の手元が決定的に違うのは、歯科医の助手が段取りを間違えたとしても、先生から怒鳴られたり歯を削るやつで頭を引っ叩かれたりはしないと思う。
職人の世界とは先輩から「お前センスねえな」とか「辞めちまえよ」とか、己の自尊心や感情を言葉のドリルで削られながら(麻酔なし)緊張感の中で正解のない正解を探す作業を繰り返すことで、職人の世界で自分の身の程を知るところから始まるのである。
そこで培われたメンタルが職人としての妥協に歯止めをかけてくれるんですよ。
常に自分の仕事を疑うというね。
![満月](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/250.gif)
![満月](https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/250.gif)
基本的に自分のやった仕事が答えで、仕事にウソはつけないんですよ。
1から手順を追うと、ごまかそうとした心理的な部分まで読まれてボロクソに言われますからね。
姑息なやつは仕事も姑息だし、言い訳するやつは言い訳のクオリティも低いですからね。
そういう環境で育った職人的な思考で先生を観察すると、実にぬるい環境で育ったことがわかるんですよ。
助手をまともに使えないのは3流の優しさですからね。
簡単に説明すると、助手のバキュームが下手クソな歯医者はヤブ医者です。
金儲けしか頭にない技術者ですからね。
おっぱいが大きいだけで採用してんじゃねーよ!!
僕が先生に文句を言い始めたら、その後ろで助手の女の子二人が喋り出したんですよ。
もうね、それで全てわかる。
普通は自分の親方なり先輩が文句を言われてたら頭にくるもんなのよ。
空気もピリッと締まるのよ。
それが逆に、ざまぁってな感じで大きめな声で雑談してたからね。
それはそれで、助手の女に腹が立つのよ。
受け身の仕事で責任を先生に丸投げしてる訳ですからね。
バキュームやってる最中に患者さんが来たからって受付に行っちゃったのよ。
急に口の中に水が増えたからゴボゴボ言って溺れそうになったからね。
しかも、この先生は前に麻酔を失敗してるのよ。
麻酔の針が歯よりだいぶ手前だったから変だなとは思ってたんだけど、暫くしたら喉の方まで痺れてきて嗚咽が止まらなくなったのよ。
それで、先生から冷静にゆっくり深呼吸してくださいって言われてさ。
「このヤブ医者がぁ!!」って、もう喉元まで出そうになったけど、いかんせん喉元が麻酔で痺れてたからね。
そんな流れもあって、先生の歯科医としての腕にも不安を感じてたのよ。
技術者としての割り切り方も、そっち側のタイプなのかと。
医療ミスとかある病院って、そっち側のタイプなんだと思うのよ。
そういう、ぬるい空気に染まるというかね。
で、先生に対しても職人的なアプローチをしてみたんですよ。
後輩を育てる感じのやつね。
責任は俺が持つから、今からやる仕事の最善策はなんなのかと。
先生は虫歯を削ってたら歯がほとんど無くなっちゃいましたと言いやがるからね。
まるで俺の歯にいるツルハシ持った悪魔みたいな虫歯菌が悪いみたいな言い方するのよ。
自己責任というものを勘違いした予防線を張るのよ。
そんで、このままだと神経まで届くかもしれないと。
こっからが典型的な仕事の出来ないバカ職人が大好きな失敗する前提の無駄話が始まった訳でね。
神経が出ると神経を取る治療になると。
神経を取る治療は時間がかかると。
でも、神経を取った方がブリッジをした後に痛みを感じる不安はなくなると。
どうしますか?と。
静まれ、3流歯科医よ!と。
そういうね、ダメだった時の話でおとぎ話をするなと。
その物語にはロマンがねえんだよ。
どうして神経が出ないように削ることに不安になるのだろうか。
お前が主役だろ。
ダメなのは全部お前の主観だろと。
職人の流儀で少し大きめな声で先生に訪ねました。
僕「先生、歯の神経ってのは、あった方がいいんですか?それとも無い方がいいんですか?」
先生「神経は…あった方がいいです」
じゃあ神経は残しましょうよと。
それでも先生は「このまま削っていくと神経まで届いちゃうかも…やってみないとわかりませんけどぉ…麻酔が…」
僕「先生、前に麻酔した時に失敗して喉まで痺れちゃったじゃないですか、少しくらいなら痛みは我慢しますからやってください」
このように、ダメだった時の言い訳とかはしなくていいから、目の前の最善は何なのかを初心に戻って明確にしてあげないと逃げ腰の仕事になるんですよ。
歯科医を志した時はこうじゃなかったと思うのよ。
あとはそのプライドを刺激してあげると職人って生き物は覚醒しますからね。
先生は「頑張ってみます」と答えた。
そこからは手先から感じる迷いは消えましたね。
ドリルを握る手に力が入ってるのが伝わってくるんですよ。
多少のイライラはあるけど、集中力は上がってるなと。
助手に対しても言葉が命令調になったんですよ。
手首を僕の顎に押し付けて固定することで手先が安定してるのもわかるんですよ。
その結果、神経まで届かずに虫歯を削ることに成功したんですね。
ただね、先生はそこから安心しちゃって、そしたら今度は助手の女がテンパっちゃって、それに釣られて先生まで慌てて、棒の先に鏡が付いたやつを僕の口の中に落としやがったからね。
そんなこんなで治療が終わりまして。
会計の時には別の助手の女の子からは「大丈夫ですか?目が真っ赤ですよ!?」
いや、泣いてねえし。
てか、ここ眼科じゃねえだろ。
たったいま戦場から帰ってきた男に何てことを言うんだ。
待合室にも女の人が1人いたからね。
治療が終わって目が真っ赤ですよはないでしょ。
痛みじゃなくて口の中に鏡のやつを落とされてオエーってなったから目が充血してる訳だかね。
それを説明するだけの滑舌は麻酔が効いてるから無理だからね。
白衣にカーディガンを羽織りつつも胸元は開けるという着こなしは助手として100点満点の仕事ですけどね。
というか、おっぱい見せてくれたら麻酔なんかいらないけどね。
どっちにしろ目は充血しちゃうけど…。