前に友達が風邪を引いて高熱をだしたことがあった。
その頃は旦那が睡眠薬でラリって暴れて、蹴った物が友達の足に当たりアザになったりしていた。
旦那がハンマーで家にあるタンスを破壊したり、庭にある木を邪魔だからと切るように命令したそうだ。
庭の木は2本生えていて、そのひとつは父親が好物の実がなる木で、もうひとつの木は友達が産まれた出産祝いにと親戚が植えてくれた記念樹だった。
そして、家を売ると言い出したと。
お前たちをめちゃくちゃにしてやると。
この恐怖によって物事を動かすことが旦那の世界では当たり前なのだろう。
人間にとって一番の恐怖は死なのだが、それを受け入れた相手を更に追い込むには、その相手ではなく、その相手が大切にしている人や物を破壊することになる。
男が戦場で散るのは自分の為ではなく、愛する郷土や家族を守る為である。
友達はその暴れる君を嫁としてなんとか制御してきたのだろう。
さすがにストレスで寝込んでしまったと。
しかし実家に女手は自分しかいないので、フラフラしながらも家事や自分が食べる為のお粥を作っていたのだ。
普通の感覚なら耐えられないと思うけれど、友達の育ったこれまでの環境には普通に頼れる存在がいなかったから自分が強くなろうとしたのかもしれない。
普通の女の子としての幸せや感情を手放すことになるけど。
友達は俺の部屋にきてやったことのない裁縫で人形を作ったり、お菓子作りを楽しそうにしていた。
女の子として本当はやってみたかったことを一生懸命にやっていた。
その反動もあって余計にストレスを感じるようになったかもしれない。
俺は高熱を出している友達に対して飯をご馳走になった義理があるので何かをしてあげたいと思った。
それで友達に電話で「大丈夫?お見舞いに行こうか?」と言ったのだ。
友達は「バカじゃないの?そんなこと出来るわけないでしょ!」と弱々しい声で笑っていた。
こいつまた綺麗事を言ってるよ(笑)と思ったのだろう。
確かに普通に考えれば、魔王の棲む居城に囚われた人妻の寝室に忍び込むなど不可能だろう。
そんなバカなことを考える男もいないだろう。
だけど、友達は知らないのだ。
子供の頃にそういうバカな遊びをしていた男の子たちがいることを…。
危ないとか怒られるよりも、向こう側にある面白さだけを求めていた。
飛べるのか?と。
友達には近所に住んでる同い年で幼馴染みの親友の女の子がいる。
名前は友達の友達だとさすがにややこしいのでTちゃんとしよう。
そのTちゃんの話は友達からよく聞いていた。
友達が前に過去に撮った写真やプリクラを大量に持ってきたことがあった。
その時に、友達が「これが私の親友のT」と見せてくれたプリクラがあった。
友達とTちゃんが一緒に二人で楽しそうにふざけたポーズをしていた。
そのふざけたポーズには見覚えがあった。
俺が友達と店で出会った時にある賭けをしたことがあった。
友達が年齢をごまかしていることは話の流れですぐにわかったのだが、ドラマのタイトルだけは間違ってないと言うのだった。
その頃は天然だとは思ってないからお互いに吸ってる煙草を賭けることになった。
とはいえ、俺は風俗では指名をしない流儀なのと、行きたい時に行くので友達と再び会う可能性はただの運だった。
そして1か月後に店に行くと友達に当たったのだ。
そして友達はまた会えるかもわからない俺の煙草をちゃんと買っていたのだった。
つまり友達は賭けに負けたのだが。
それと実はネットでの予約なら三千円の割り引きになることを教えてくれて、その割り引きの件を店長に聞こえる声で俺に言うように伝えたのだ。
そして友達は前金を済ませて戻ってくると三千円を持ってきて俺に渡したのだった。
普通なら客にも店長にも黙って懐に入れてもいい金だと思う。
少なくとも中国人なら間違いなくやってるはずだ。
風俗なんてのはパチンコで勝った時に散財で行くのに、何でこの子はこんな感じなんだろうと疑問に思っていた。
で、暫くしてパチンコで勝った時に友達の吸ってる煙草をカートン買いして店に行った。
店のママに渡せばいいだろうと思ってたらまた友達に当たったのだった。
で、帰り間際にその煙草を渡した時に友達が見せたのが例のふざけたポーズだったのだ。
その後、友達は別の店で働いてて、俺も3か月後くらいに店に行った時に偶然にも再会してそれで連絡先を交換して友達になったのである。
ただ、その天然ぶりで負けが決まってる賭けを友達が提案してきたのだけれど、親友と写ってるプリクラの同じふざけたポーズを見て感じた天然ぶりには正直、驚いた。
友達が純粋に喜んだり楽しいと感じた時にする表現に偽りはなかったのだ。
プリクラという1枚の絵で親友を親友だと紹介された時に、その瞬間の嬉しそうな友達の感情まで読み取ることができたのだ。
無意識の仕草から友達の根っこの部分が見えたのだった。
それは職業や経歴で判断するべきものではなく、人間として美しいと感じた。
その親友のTちゃんにはオラオラ系の彼氏がいるものの独身なのだった。
お見舞い行くことは不可能ではないと友達に伝えた。
俺が親友のTちゃんの彼氏役として、Tちゃんと二人で一緒にお見舞いに行けば寝室まで辿り着けると。
友達は「…凄いこと考えるね……怖くないの?」と言った。
そりゃ、笑えない暴れる君の家に向かうわけですから、鬼束ちひろの月光が聞こえる中で、それはまさしく、怖くないと言ったら嘘になります。
ただ俺はTちゃんとは面識がなかったので、友達が言うにはTちゃんは人見知りだからそれは難しいと。
ならば俺がオカマバーで知り合った友達のオネェだとすれば問題ないと言った。
それなら旦那から変な誤解はされないだろうと。
完璧なオネェキャラのままならお見舞いに行けると。
仮にもし旦那から怪しまれたとして、旦那からチンポをしゃぶれと踏み絵をされたとしても、ケツの穴に突っ込まれたとしても、旦那をイカせれば寝室まで辿り着けると。
友達は「そんなバカなこと言わないの」と静かに笑っていた。
バカだろうと何だろうと不可能ではないことを伝えたかった。
常識の外側にも答えはある。
あとは飛べるかどうかだ。
そんなこともあって、友達に親友のTちゃんの連絡先を教えて欲しいと言った。
もしも友達が事故か何かで死んだとして、いや他にも何かあった時に、俺だけ知らないままになるからだ。
これだけ世話になったのに線香のひとつもあげられないのは嫌だと。
そうでなくても友達はすぐに猫みたいに消える癖があるのだから、何かあった時にTちゃんから俺に連絡が来るようにして欲しいと。
ただ、Tちゃんにも強烈に束縛する彼氏がいるし、会ったこともない知らない男と連絡先を交換するのは嫌がると友達は言った。
じゃあ、3人で1度ご飯でも食べようと、その予定を友達はTちゃんに伝えていた。
ただ、俺と連絡先を交換するかどうかはTちゃん次第だと。
言っとくけど、Tは無口だからねと。
つまり、初対面の俺に対してTちゃんが心を開くかどうかはわからないということだ。
友達の風邪は治ったが、その時に俺が言った言葉が綺麗事か本気だったかがそこで試されることにもなる。
とりあえず、会話の糸口としてTちゃんの好きなものは何かを友達に聞いてみた。
友達はイケメンだと即答した。
とにかく面食いだと。
それなら俺の話に少なくとも興味は持つかなとは思った。
自分がどの程度のイケメンなのかはわからないが、友達が言うには店では客の名前をアダ名で呼ぶと。
ひどいアダ名の客がほとんどだが、で、客である俺のことを店のママは“カッコいい人”と呼んでいたという。
まぁ、そういう夜遊びをするには、まずママを味方につけないと、もしもの危険から回避することができないからである。
で、友達はTちゃんの好きなイケメンを芸能人で例えようとした。
「エグザイルの…」
いやいやいやいや、俺にはエグザイル感がまるでなかった。
難しく考えても仕方がない。
面白いと感じたことを喋るだけだ。
しかし、素人の初対面の女の子と普通に喋るのは10年ぶり、いや、もっと間が空いている。
俺の喋りが通用するか自信が揺らいだ。
無口とは人見知りな訳で、心に鍵が掛かっていることになる。
確か昔の俺はそのマスターキーを持っていたはずなのだが。
当時の俺は完全に童貞を拗らせていた。
童貞のままキャバ嬢をお持ち帰りするも抱くことはなかった。
先輩たちから据え膳食わぬは男の恥だとバカにされて、その翌週にはピンサロで先輩に予告お持ち帰りを宣言したのだ。
そして予告通りにピンサロ嬢を会社の寮までお持ち帰りしたのだった。
これで童貞ともおさらばだと。
しかし、部屋で二人きりになるとピンサロ嬢から過去の壮絶な体験談を聞かされたことで俺は完全に萎えてしまったのだ。
男たちに車で拉致られてレイプされて山に捨てられた話や、シャブセックスをした話を具体的に聞かされたのである。
人殺し以外なら何でもやったと。
童貞の俺にはそんな彼女を抱けるだけの器はなかった。
仲良くなったり懐に入ることは出来ても、童貞が邪魔して抱き締めることすらできなかったのである。
寮の忘年会で六本木のおっパブに行った時もそうだ。
クリスマス前ということもあって、付いた女の子から気に入られてクリスマスにドンペリのピンクがうちにあるから一緒に飲もうと誘われたこともあった。
しかし、俺は童貞であり、酒が飲めないのだった。
この時の俺は、ひたすらその場を盛り上げようと喋っていた。
その時の感じで喋ったとして、それがTちゃんにも通用するのだろうか?
相手は素人である。
友達の親友という未知の領域である。
ただ、救いなのは同い年という共通点だ。
つまり、同じ教室にいたと思えばいい。
友達と親友がスクールカーストでどの位置にいようと、面白さに階級は関係ない。
絶対に笑わせてやると。
友達はお手並み拝見とばかりに煙草の煙を換気扇に向けて吹き出しながら俺を見ていた。
続く