マイルドヤンキー | 天狗と河童の妖怪漫才

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妖怪芸人「天狗と河童」の会話を覗いてみて下さい。
笑える下ネタ満載……の筈です。

ガテン系の職場で働いているのだが、若手が少ない。



近頃の若者は草食系のゆとり世代だから肉体労働には向いていないのだろうか?



40代のバブル直撃世代も職人の世界には数が少ない。



その理由は景気の良い時代に、わざわざ3K(危険・汚い・キンタマ舐められたい)と呼ばれるガテン系の仕事をやろうなんて誰も思わないからだ、と言われている。



それでもヤンキーと呼ばれたヤンチャな人達が建設業にはたくさんいる。


僕ら30代中頃の世代はヤンキーとチーマーの中間にある。



中学時代にはヤンキー漫画は少年マガジンのぶっこみの拓を読んでいたが、中3になると、ボンタンを腰履きする奴が出てくる感じだった。



それでもヤンキーの系譜は絶滅してなくて、今の若い世代はマイルドヤンキーと呼ぶらしい。



それなら、ガテン系の仕事にも若手が増える筈なのだが、何かがおかしいと。



それで、色々と話を聞いて驚いたのだがマイルドヤンキーは金を持っているのだ。



20代の前半で、通帳に5000万を超える金額を貯金していると。



それなら肉体労働なんかやる意味はない。



たぶん、マイルドヤンキーとはインテリで頭がいいのだろう。



うーん、悪いことをして金を稼ぐにも程がある。



昔のヤンキーならカツアゲか窃盗だろうが、手にする金額は少ない。



どちらも悪いことには変わらないが、その善悪の価値観を外して考えてみるとしよう。



ヤクザが武闘派からインテリに移行したように、ヤンキーもインテリになったのだろうか?



これは、裏の世界の抑止力が変化しているのではないか?



マイルドヤンキーは芸能人の知り合いが多いという。



でも、それは一緒に写真を撮ったからと言って、友達や知り合いではない。



たぶん、利用しているのだろう。



仮に、どんなに悪いことをしてもいいから、5000万を稼ぎなさいと言われて何ができるだろうか?



個人では無理だ。



マイルドヤンキーは組織的な何かで稼いでいる。



その稼いだ金で六本木に店を出すという。



遊ぶのに飽きたのか、次のビジネスに繋げる考えがそこにはある。



ワルには変わらないが、何らかの才能があるのは間違いない。



ヤンキー世代にはインターネットは無かった。



ただのバカだった。



しかし、マイルドヤンキー世代は賢い。



確かに、AKB商法や課金ゲームなど、大人達がやってることも合法的なワルには違いない。



金を集めた者が勝ちで、金を持っている者が強いと、マイルドヤンキー世代を洗脳した大人達の責任もある。



仮に捕まって何年か刑務所に入ったとしても、金は裏切らないと悟っているのだ。



義理も人情も必要ない。



金を集める遊びなのだ。



若い職人が「お世話になりました」の一言もなく職場を去ってゆく。



やりたいことがあると。


自分の店を持ちたいと。



なにを夢見てんだと思っていたが、その夢の為に必要なプロセスを金さえあれば時間を越えて行く。




人は年齢と共に成長していくが、下の世代は10代の色んなものを吸収する多感な時期に、ネットで得た情報で我々よりも遥か先に飛び越えて行くのかもしれない。



そうなると、10代を身近にある情報や世界観だけで過ごしてきたアナログ世代はいつまでも年齢経過と同じままで、上の世代とスライドして成長することになる。



そうなると我々の世代だけが、バカ丸出しのまま死んでいくことになる。



はっきりに言って、上の世代は金儲けよりも、縦社会の美徳を重んじている。



上の世代のそういう考え方もわかるからこそ、下の世代とのギャップに挟まれることになる。



我々の世代というのは、終身雇用という幻想のまま学生時代を過ごし、就職活動をする高3の時に過去最悪の就職氷河期が直撃したのである。



その結果、大卒が高卒の就職先にまで流れ込んできたのだ。



我々の世代は何とも救いようがない。



10社も面接を受けてダメで就職先が未定のまま卒業した連中がたくさんいた。



私立で偏差値の低い商業科という、工業系の学校よりも潰しの利かないバカ学校だった。



ただ、商業科だけに実家が自営業だったり親が会社を経営しているボンボンのバカや不良が多かったのだ。



私立高校という学校も商売なのだとは気付いてなかった。



ちゃんと学費を払う不良は退学にはならなかったのである。



まだまだのんびりした不良の時代だったのだ。



ワルの世界の変化とは、一般人の世界でも同じだと思う。



新しいサービスと、新しい手口は、同じ構造だと思う。



芸能人を利用するのも同じ手法だと感じる。



マイルドヤンキーって奴等はどんだけ賢いんだ。



ビジネスヤンキーとも違う。



批判と肯定の順番が違うんじゃないのか?



俺達とは見えてる世界が全く違うのか?



夜の校舎の窓ガラスを壊して回るよりも、割れた窓ガラスを直して回って稼ぐ時代なのか?



100円玉で買えた温もりが、30円足りない時代なのか?



ならば若者の代弁者的なアーティストはいるのか?



あれか?



エグザイルにそれが出来ているのか?



これで本当に大丈夫なのか?



天皇陛下の御前でエグザイルを踊らせたのは日本史として何かの間違いだったんじゃないのか?



俺の可愛い後輩に響くような曲やパフォーマンスはなかったのか?



前に辞めた若いやつはボカロを聴いてたけどさ。



不良とオタクの境界線もないように感じる。



最近辞めたやつは同棲してた彼女と別れて、安いマンションに引っ越したら仕事まで辞めてしまったじゃないか。



その程度なのか?



なぜ、悩みがあるなら俺を飲みに誘わないんだ?



自分に都合のよいアドバイスをくれる先輩を選ぶ時点で、そのアドバイスでは何も変わらないんだよ。



俺は過去に女のせいで2度も会社を辞めることになったことがある。



彼女に洗脳されたまま全てを失って、女のいない今の業界に流れ着いた訳だが、今頃になって普通の仕事に転職するようにしつこく言ってくる。



失った時間は戻らない。


仕事を辞めるのは構わない、それは別に恥ずかしいことじゃない。



「お世話になりました」の一言が言えないことの方が大人として恥ずかしいのだ。



いくら稼げるかが大切なんじゃない。



いくら借りられるかが重要なんだ。



利用されるとしてもドン底では最後は信用しかない。



親が甘いから仕方ないのだろうけど。



辞めることを伝えた時の先輩から言われる言葉の数々は会社組織での先輩とは違う意味がある。



ネットで調べろとは言わない。



困ったことや分からないことがあったら、いつでも電話してこいと言ってくれる。



辞める理由ではなく、君のこれからの人生について語ってくれる。



そんな先輩たちのアドレスを彼女は何のためらいもなく削除する。



俺の送別会に集まってくれた先輩たちに勝手に電話をかけて発狂する。



最後に困惑する複雑な表情の先輩を見るのは辛かった。



友人や職場の人達には迷惑をかけたくないので疎遠になる。



そして洗脳の日々が始まった。



そのほとんどは記憶にない。



なんの話だっけ?



マイルドヤンキーの話だった。



正直、金持ちは羨ましい。



100円玉で買える温もりよりも、自販機を丸ごと買える。



自販機の下の小銭や返却口を覗き込むような真似をしなくていい。



金を稼ぐことが、世界の誰かを不幸にしている。



その仕組みは法律に触れるかどうかだけで、どっちも戦略は同じなのかもしれない。



趣味や趣向で金の価値は変化する。



金持ちから金を稼ぐか、貧乏人から金を集めるか、どっちかしかない。



ならばCDが売れない時代のアーティストだからこそ、本当の何かを表現できるのではないか?



テレビから流れる音楽をカセットテープに録音してまで聴きたかった時代が嘘みたいだ。



俺が洗脳されてテレビを観れなくなり世間の流れや情報から隔離されてた間に時代が大きく変わってしまった。



あの頃は人気の芸人のギャグを知らないことや、流行りの音楽すらサビしか歌えなかった。



同年代の若いやつからは驚かれた。



話が盛り上がって仲良くなり、その流れで飲み会や合コンに誘われても禁止されてるので行けないもどかしさは常にあった。



洗脳と愛情の区別すらできない異常な精神状態だった。



それでも面白いということの基本概念は流行りのギャグとは違った。



職場にいた同い年のやつからは「オレ、地元では面白いって言われてるけど、やっぱ○○(俺)さんには勝てないですね」と言われた。



ちゃんと分析しているようで「ラクダの話を振られた時とかに、ひとこぶラクダからふたこぶラクダのくだりとか、あれは凄かったっすね」



他人の評価する部分と自分の面白さのポイントは同じではないが、最終的な印象で圧倒するしかない。



そこでしか精神のバランスや世間との価値観を確認する術がないのと、その職場での会話やコミュニケーションしか娯楽としての楽しみがなかったのだ。



松本人志直撃世代の男たちにはよくある、お互いの面白さを競いリスペクトする価値観である。



どっちが強いかというのと同じ価値観だ。



プロのお笑い芸人とは、そこから更に桁違いの圧倒的な面白さがあるのだ。



ガキ使のフリートークは、その発想に毎週奇跡を見ている感覚だった。



そんな大好きだったテレビまで禁止されたのである。



最近の“テレビは面白くないから見ない”という風潮を先取りしていたことになる。



流行りのバラエティー番組や芸人のギャグを俺から奪ってしまえば、職場での会話は盛り上がらずに孤立して更に洗脳できると考えたのだろう。



しかし10代の多感な時期にお笑い芸人から予防接種を受けていたので、脳内までは完全に洗脳されることはなかった。



俺があの頃、テレビで観ていたラジオで聴いていたお笑い芸人たちは、どんなに悲惨な状況でも自分を笑い飛ばしていたのだ。



とにかく過激で痛快なのだが、その全てが優しかったのだ。



今の職場の空気に近いものを感じる。



アサヤンを見ていた俺には、どのようにしてエグザイルがいまの地位になったのか理解ができない。



逆に俺がテレビを観れなくて、メディアから洗脳されなかっただけかもしれないけど。



いきなり10代からネットの世界じゃ、何を信じていいのかもわからないんじゃないか?



マイナンバー制の導入をワル達がどうやってすり抜けていくのだろうか?



税収が飛躍的に上がるのは間違いない。



それを年金の財源にしてもらいたい。



おそらく大半の正社員はボーナスが下がるんじゃないか?



脱税した金をボーナスで支払う。



表の税理士と裏の税理士がいると聞いたことがある。



1年かけてちゃんと脱税をすると。



金儲けする奴は、みんなワルなんだよ。



金持ちはみんなワルなんだ。



必要悪なのかもしれない。



だからネット世代の若い連中はバカじゃないんだろうね。




バカみたいな経験はしない方がいいってことだよ。



時間の無駄だからね。



ゆとり世代は、ゆとりある時間で何かを考えてた訳だよ。



時間で金を使うのか、時間で金を稼ぐのか、と。



大人は権利や権限があるだけで、違うのは金を儲ける仕組みだけだと。



資本主義なのだから、金さえ集めれば強いのだと。



面白さよりも金儲けの強さに魅了されている。



つまり、世の中の女がそういう男を求めているのだろう。