私は以外と歴史が大好きです。
小中高との学校での歴史の時間はそうでも無かったのですが、
高校を中退してから、歴史が大好きになってしまい、
歴史書を読みあさってたりしてます。
特に、始めてバックパッカーをした
ヨーロッパにしても、当時、取り憑かれた様に
血塗られた時代のヨーロッパの歴史がスゴく好きだったからです。
そして、
旧約聖書の時代の中東も大好きです。
日本の戦国時代も。
そして、もちろん、
『エジプトのファラオの時代』
そして、
なんだかんだ、
ずっと心に引っ掛かっているのが、
インドの『ムガール帝国』
私が、今まで行った遺跡の中で、
1番心に留まった遺跡が、
インドの
ファーティプル スィークリー
ここで、なんだかとっても不思議な位に
心が穏やかになったのです。
しかも、その遺跡の中の水瓶を触った時に、
いつまでもその水瓶を触っていたい。
そして、自分が母親になった気持になったのです。
母性のかけらも無かった私がそう思ってしまった。
後で知ったが、安産祈願に訪れる人がとても多いらしい。
やっぱり、そうした母親の念がたくさんあるのでしょう。
今まで、世界23カ国を何度も何度も廻りながら
遺跡がただの石ころに見える程、
色んな遺跡を観て、多少の遺跡には驚かない私だけど、
何故か、ここだけは、
不思議なくらいに気になる遺跡。
あの土地、独特の空気感すらいつでも新鮮に思い出せる程
忘れられない遺跡。
簡単にこの遺跡の説明をしますが、
ムガール帝国の時代、
アクバル王(名前でピンと来た人が多いと思いますが、イスラム教徒です。)
という人が納めていた時代に建てられた建造物なんですが、
自分が子息に恵まれずに居たとき、
この土地に住む予言者に、
あなたは、男の子を授かるでしょう。
と言われ、本当に男の子を授かったのです。
そして、その事を祝って
この地に巨大な城を建築したのです。
そして、何と、
この時代のこのアクバル王は、
イスラム教徒でありながら、
宗教にとても寛大であり、
自分の妻も、ヒンドゥー教徒から娶っているのです。
(この当たりの歴史は映画にもなって、あの世界一美人だと思っている
私の永遠のアイドル、アイシュワリヤー ライちゃんが 主演です。
未だに見れてませんが。)
JODHAA AKBAR とか、そんな題名なハズです。
ま、もちろん、他にもイスラム教徒の奥さんもいましたが。
キリスト教徒とも結婚したという情報も得ましたが、
実際、細かくまで調べていません。すいません。
が、そのファーティプル スィークリー。
あまりに僻地につくったので、
あまりの猛暑と水不足などの原因で、
14年しか使用されなかったとか。。
そして、
私の歴史上、一番好きな女性。ペルシャ人です。
それが
私のイスラム名でもある『NOORJEHAN 』
この名前は、
その、予言されて生まれて来た男児、サリームの妃になった人。
彼女自身、それは再婚でしたが、
彼女の夫、ムガール帝国の4代目の皇帝、サリーム。
後の『ジャハーンギル』。
彼に愛され、それにふさわしい名前を妻に、、
という訳で、
『ノール ジャハン』世界の光。という意味です。
この女性の人生は、
本当に苦悩ばかりだったのですが、
私はこの人の選んだ人生の選択の全てに
共感し、尊敬すらしてます。
とても賢い女の人でした。
この時代は、宗教に寛大であったのは確かですが、
(政治的政略でもありますが。)
それでも、血族の裏切り、親子での殺し合い、
死別した旦那との連れ死にの習慣。などで、
とても苦悩に満ちた人生であった事は確かです。
だけど、
全ての女性がこうであってほしい。と思う程に
たくましく、その時代を生きた女性で、
また、とても知的で政治力も有り、
旦那にとても献身的な女性であったのです。
あの、タージマハルが、愛する妻に捧げたお墓だというのは
皆さん知っていますよね??
その愛する妻のおばさんに当たるのが
この、NOORJEHANなのです。
ま、結局このタージマハルを建設した男が
NOORJHANを幽閉したり。という事もあるのですが、、、
そうして、私は、その旅でインドの西の最果て、
パキスタンの国境の町に行き、
果てしない砂漠の真ん中で、
日本から持ってきた当たり付きガムで
当たりくじをひいてしまい。
だけど、こんなトコで当たったって、この
大砂漠の真ん中では その価値観は全く無であり、
私は、その砂漠の風に私の運をプレゼントした。
私の人生も風まかせだろうと思った。
そして
『私はこの砂漠の先にいかなければいけない。』
と、そう思ったのです。
それからというもの、
私は、狂った様に旅を続けています。
未だに、夢の国、あの砂漠の向うの
パキスタンには行けていませんが。
いつか子連れで訪れる事が出来たらどんだけ幸せか。。と
想像しています。
それから、ムガール帝国の歴史を調べ、
NOORJEHANの存在を知ったのは、
実は自分がイスラム名を決める時に、
今まで行った遺跡の中の歴史上人物から決めようと思い、
検索しているうちに、たまたま出会ったのです。
あの時の、あのお城の歴史上の人物にしよう。と。
恥ずかしながら、、、
インドに始めて旅行したコロの私なんか、英語すらろくに話せず、
実際、説明も、パンフレットも、
全くの紙くず状態で、
ただ、遺跡、スゴい!と思っていただけでした。
だから、ある程度の歴史しか知らなかったのです。。。
勿体無い。。涙
いやーー、本当に無謀ですね。
だから、
私の子供の名前も、
このNOORJEHANの娘である、
『LAADLI』にしようかな。
なんて思ってるんですけど、
実は、
この娘は、noorjehanの前の夫の子供であり、
更には、また母親と同じく、政治の荒波に飲まれ、
旦那を殺され、インドの風習の共死を強要された悲しい女性でもあるのです。
どーーーーしよーーーーー??
あーー名前。
あと1ヶ月後には決めなくっちゃ。。。
名前、
現在候補に上がっているのは、
『leilah』レイラ
『salimah』サリーマ
『nadia』ナディア
『ladli』ラドリー
『hyaty』ハヤーティ
結局アラビックの響きになりますが。。
私は、ペルシャ語。という見解が強いです。
実際、
顔観て決めちゃ駄目??
みなさん、どうしてるんですか??
韓国コスメ