予実差異の原因
おはようございます。
今日は雨です。
いつもは新宿の摩天楼と空との鮮やかなコントラストが印象的ですが
今朝は微かにそのシルエットが確認できるだけです。
今朝
某日 夕方
そういえば最近話題にしていませんでしたが
このブログの主要な登場人物の1人「雨男君」はやっと大阪公演を終えましたね。
まだまだ長丁場なので体調に気をつけて乗りきってもらいたいと思います。
今年は昨年にも増してスケジュールがハードなようです。
ウチのRyoは昨日までアルバムのためのレコーディングをしていましたが…
かなり作業に遅れが生じています。
予定していたスケジュールは大幅に変更せざるをえません。
頭の痛いところです( ̄^ ̄)
別に頭痛薬が必要なわけではありませんが(^_^;)
ここからは本業のベンチャーキャピタルにおける話をします。
Ryoのレコーディングの件ではありませんが、一般企業においても予定していた事業計画と現実の業績がかなりかけ離れてしまう場合があります。
特に近年、出資先企業で予実差異が甚だしいところが増えています。
マーケットの縮小が主な理由ではありますが、そうではない場合もあります。
できない理由をまず自分でつくり、その正当性を整備する作業に勤しんでしまう場合です。
私もかつてはサラリーマンでしたが、そういう経験があります。
企業が自分に対してどこまでを望んでいるかを考えずに、自分でここまでと勝手に決めてしまうのです。
たとえば、私は新卒でディベロッパーに入社し、開発部で用地の仕入れを担当していましたが、
用地情報を得るために、1日に業者訪問を何社行うとかいう目標を立てて、とにかく目標数だけはこなすようにしました。
現実に有効な情報が得られなくても、件数さえ回れば良しとしていました。
その件数も自分で設定したものですから、給料に見合っていたものかどうかというと疑問です。
勿論、数をこなさないと有益な情報を得る確立はアップしないでしょうから、数そのものも大切です。
しかし、肝心なのは結果です。
業績に結びつくような成果を挙げて初めて目標設定が正しいと言えます。
一定の期間内で結果がでなければ、自分の目標設定は間違っているということです。
サラリーマンの時代はなかなかそういう考え方ができませんでした。
何故なら、結果が出ようが出まいが出勤していれば給料がもらえるからです。
結果をコンスタントに出している一部社員のお陰です。
経営陣はこの一部社員の成果によって社員全員の給料が賄えるように報酬計画を立てます。
優秀な一部社員は給料では割りを食うことになりますが、社内での環境整備や評価の仕方によって金銭以外の満足感を得ることにより、その企業に貢献し続けます。
こういった社員が多数存在するか否かで企業業績は左右されます。
中小企業においては社長ないしは極めて社長に近い役員がトップ営業マンであることが必要です。
これらの立場にいる人間が達成できない理由を最初に設定するようになるとアウトです。
「とりあえず自分としては頑張ったけど、まだ結果が不安だからもう少し頑張ってみよう。」
これが大切です。
頑張らなければ道は開けません。
「仕事」は楽しむものではありません。
苦しい思いをして、達成した「成果」を楽しむものなのです。
最初は苦しい思いでも段々レベルアップして苦しくなくなります。
その後も自分に厳しく頑張れば「成果」のレベルもアップします。
スポーツの世界で、「試合を楽しむ」とのアスリートの発言を曲解している人がいますが、そのアスリートは練習では苦しんで、頑張っている筈です。
その試合に出場するために毎日寸暇を惜しんで努力している筈です。
その「成果」としての試合を楽しんでいるに過ぎません。
また、本来のパフォーマンスを発揮するためのリラクゼーションに有効だと考え発言している場合もあるでしょう。
楽しむだけで成果があがり、報酬をたくさんもらえるなんてありえません。
仕事に対して前向き(ポジティブ)である必要はありますが、それは自分が楽しむこととは違います。
対価を得るためには必ず何等かの犠牲を伴います。
対価を得ることが楽しいのであって犠牲を払うことが楽しいわけありません。
あくまで私見です。


