アメリカ軍によるドイツ軍捕虜の扱い | 世界珍ネタHunter!

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1945年4月、西部戦線で降伏した100万人以上のドイツ兵の大多数はライン河畔の「捕虜仮収容所」に集められた。しかし、そこは収容所とは名ばかりで、何もない大地に鉄条網を張り巡らしただけのところだった。しかも4月の寒空の下、捕虜たちはテントも食料も与えられず昼夜、地面に風避けのシェルターとして掘った穴の中で野外を過ごさなくてはならなかった。しかし、多くの収容所では、シェルター用に地面に穴を掘ることも禁じられていたので、寒さをしのぐために捕虜同士が、しがみつく位だったし、収容所は多くの捕虜で鮨詰め状態だった。病気になった捕虜は地面に排便しなくてはならなかったが、数日もすると餓えと寒さでひどく衰弱し、ズボンを脱いで排便する事さえも出来なくなり着ている衣服は病原菌だらけで悪臭を放っていた。捕虜達が歩いたり、座ったり、横たわっている地面の泥も病原菌が多く健康な者でも数日の内に衰弱してしまう様な劣悪な環境下であった。悪臭を放つ捕虜に、アメリカ人看守は罵るだけで寄り付きもしない。ドイツ軍捕虜の一人がこう言った捕虜虐待行為に対して米軍収容所の所長にジュネーブ条約違反ではないかと文句を言ったが、『条約など忘れてしまえ、ここではお前たちに人権なんて何も無い!』と言い返されただけだった。数日も経たないうちに、健康を害して収容された捕虜が死んでいった。収容所の門の方に多くの死体が地面を引きずられて行き門のところで、駐車するトラックの荷台に互い違いになるよう無造作に投げ込まれて運び去られて行った。運び出された捕虜の死体は、地面に深く掘られた穴に残飯やタバコの吸い殻と共に死体が投げ捨てられ、又埋立られて始末されるだけだった・・・。




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