劇場公開日:2016年10月29日
監督 中野量太
主演 宮沢りえ
この映画を観る前の印象として、聞いた話では
「お母さんが亡くなってしまう」という大筋しか情報を入れていませんでした。
実際に観てみると、想像していたところとは別の本筋が何本もあるような、
中身の詰まった映画でした。
その中の一本に、娘・安澄(杉咲花)の話がある。
高校に通っている安澄は、いわゆる”いじめ”の問題がありました。
どこの学校でもあり得るこの問題を、この映画はしっかり表している。
始めはからかう所から始まったかもしれないが、
そのうちに横暴になり集団いじめとなる。
当事者にしかわからない気持ちを役者さんはしっかり表現し、
おかあちゃん・幸野双葉(宮沢りえ)は精一杯応援する。
非情な振る舞いをおかあちゃんは決断しますが、
結局は当事者本人が立ち向かわなければ改善できないものなのです。
吹っ切れたときには、本人も生まれ変われるというのを見せてくれました。
いや~、凄い。
あんな勇気あることはできない。
余談ですが、同じようないじめを受けている女子生徒が出てくるドラマを見たことがあります。
その子は最終的にいじめっ子に立ち向かうために、
消防ベルを押すんですね。
けたたましい音が鳴り響き、学校騒然となりました。
見ていてスカッとしましたね。
そしてもう一人、さらに小さい子の鮎子(伊東蒼)が出てきますが、
この子が一番可哀そう。
理由は観てみると分かると思います。
しかし働き者であり、小学生には見えない。
鮎子は良い子だなぁ。
普通だったらグレてるよ。
あとオダギリジョーがイケメン。
そのうえで、おかあちゃんが一番凄い。
多分予告ですでに出ていると思いますが、病気が発覚し余命2カ月なんですね。
そんな中でも銭湯を再開させたりビラを作ったり、
周りの人を心から元気づけたりと非常に強い。
時には人を責めるようなことも言いますが、
優しさが言葉の最後に声色として感じ取れる。
「少しの延命のために自分の生きる意味を見失うのはイヤ。
私にはまだやることがある。」というセリフは印象的でした。
正直私は「延命して出来ることもあるんじゃないの?」と思いましたが、
おそらく「延命してしまうと今の気持ちが薄らいでしまう、
今やらなければ一生後悔してしまう」という気持ちがあったのでしょうか。
やり残した事を完遂できれば、自分の身はどうなっても良いという
強い思いがあったのでしょう。
家族間の繋がりの中で、時にはどうしようも無い問題が発生する。
しかしいつかは解決しなければいけない時が来る。
そこに視点を置いた映画だと思います。
この映画のロケ地である足利市は私も思い入れのある場所であり、
機会があれば今度行ってみようと思います。
↑上の写真は本作の銭湯ではありません。フリー素材で同じ場所の写真が出ませんでした…。
ちなみに外観・銭湯裏の駐車場は、
足利市巴町にある市内唯一の銭湯「花乃湯」。
脱衣場、浴室は文京区の「月の湯」で撮影が行われたそう。
東京最古級の銭湯である月の湯は、
残念ながら2015年5月末をもって廃業されたとのことでした。
あの富士山の絵は素晴らしかったですね。
「湯を沸かすほどの熱い愛」…最後のシーンは個人的に、
「もしかしてあそこで…?」と思っているのですが、当たってるんですかね?
タイトルの意味が分かった気がします。
世の中の頑張っているお母さん、頑張りすぎているお母さんに観て頂きたい映画です。
面白かった。



