明けましておめでとうございます。
2021年 新しい年になりました。
新年早々不吉な話で恐縮ですが、
ひょっとして人類は滅びるのではないか
などとマジで思ってしまう今日このごろ。
SFの世界が現実に起っている・・・
映画なら[早送り]で飛ばしてしまいたい。
と、グチをこぼすのはここまでにして…
今しばらく、新しい生活様式とやらで
チマチマと遊んでいきましょう。
本年もよろしくお願いします。
2021 初日の出
(アパートの屋根からの日の出だけど)
迎 春
暮れに流鉄を見に行ったら・・・
こんなヘッドマークがついていました。
遠くに旅に出られなくても
身近なところでも楽しみは見つけられる。
いましばらく頑張っていきましょう。
それでは本日も C623を追った日々
にお付き合いください。
《倶知安~羊蹄山》
倶知安駅
稲穂峠で撮ったあとは倶知安へ。
1988・89年の2シーズン遠征しましたが
いずれの年も足(移動手段)として
レンタカーを借りました。
列車本数が少ないし、駅間も長いので
やむをえないところです。
ニセコ号の到着から入換の様子を
見ていきましょう。
C62ニセコ号到着
89年までは倶知安が終点でした。
翌90年からはニセコに転車台を設置し
運転区間をニセコまで延長しました。
バブルだったんだなぁ。
到着した列車は まず給水をします。
機関区の給水設備は無くなったので
細いホースで給水していたため
ずいぶん時間がかかったようです。
中線へ移動
給水が終わると、編成のままバックし
中線に移動しました。
右端の途中で途切れている線路は
旧胆振線の廃線跡です。
中線に停止
停止位置を合図していた掛員が
機関車と客車の連結をはずします。
機回し
解放されたC623は前進し・・・
機関区へ向かう
先ほど停車していたホーム側をバック、
一旦 引上げてから機関区へ進みます。
転向
引上線から機関庫の中を突き抜けて
転車台へと進みます。
跨線橋の正面に転車台があったので
望遠レンズで捕らえました。
かつて周囲の広大な空き地には
給水塔や給炭台があり、手前には
ヤードが広がっていたはずです。
倶知安機関区は胆振線と岩内線を担当、
有名な2ツ目の9600がいた庫(クラ)です。
1972年版の配置表によると
19650 69624 79615 79616 79618
D51149 159 804 857
の9両が配置されていました。
方転後、来た線路を戻り庫の中へ。
今度は地上から方転を見てみましょう。
(別日の撮影です)
方転前
機関庫を通り抜けてきたところです。
右奥に置いてきた客車が見えます。
転車台に乗ったところ
転向する前です。
方転後
ホームの屋根ごしに見える山は
蝦夷富士 羊蹄山(ようていざん)です。
機関庫
下りの発車時刻まで庫の中で待機です。
ファンネル(ガンダムではない)などが
見えませんので、SL時代のものでは
ないようです。(排煙設備がない)
煙突部分は庫の外に出ていました。
ここまでは1988年の撮影です。
次の4枚は89年ですが、入換の手順が
変更されていました。
機回し
ホームに客車を残し中線をバックして
反対側にまわります。
後部に連結
引上線でスイッチバックしたC623は再び
上りホームに転線、構内手に誘導され
客車の最後部に連結しました。
構内手の旗振りを注視する機関士
この後、列車を引き出し、
中線に移したのだと思います。
ゆっくり見たいところですが
次の撮影地に移動しましょう。
羊蹄山と列車をからめて撮れる場所は
沿線きっての人気撮影地です。
早めに行かないと良い場所を選べません。
C623 1988
頭を雲の上に出す羊蹄山とシロクニサン。
C623 1989
主役の登場を待つギャラリー
踏切に続く道路です。
広いのでのんびり平和に撮影できて
良かったです。
最後にちょっとイタズラを1枚。
C62重連ニセコ 1989
重ねてみたらぴったり合いました。
三脚にのせてワインダーで撮ったので
当然ですが…
古いスキャナー(SCSI接続!)同梱の
ソフトで、16bitなのでもう使えません。
(続く)
本日もご乗車ありがとうございました。
コクピット
(給水中に乗せてくれました)