こんにちは。
北斗星の最終回です。
今回は牽引機のことを少し…
約千キロの道程を四半世紀走り続けた
わりには、牽引機の変化は少なかった
ように思います。
《北斗星の牽引機》
DD51(函館~札幌)
北海道内は一貫してDD51重連でした。
青函トンネル開業=北斗星登場から
半年ほどはオリジナルの朱色でしたが
順次ブルートレインに合わせた青塗装
に塗り替えられました。
DF200を後部に連結したことがあります。
有珠山の西山が噴火した際、急に後退
する必要があったときに備えてでした。
ED79(青森~函館)
海峡線を挟むこの区間は専用機ED79の
独擅場でした。
ED79はED75 700番台からの改造車で、
元々から下枠交差形のパンタが付いて
いましたが、末期には着雪しにくい
シングルアームに交換されました。
この区間は常に函館側のパンタを使う
というローカルルールがあったため
交換したのは函館側の1基のみです。
EF81(上野~青森)
EF81は北斗星登場時より上野~青森を
通しで牽引してきました。
それまでEF81の黒磯駅での交直切換は
停車して行なっていましたが、走行中
に切換可能な装置(列車選別装置)を
取付け、黒磯駅を通過としました。
列車選別装置付きのEF81は従来機との
区別のため、流れ星のマークが描かれ
車体色もピンクから赤に変わりました。
また カシオペアやレインボー牽引機が
北斗星の運用に入ることもありました。
カシオペア色
レインボー色
EF510 500(上野~青森)
老朽化したEF81の置換用に2009年から
登場しました。
貨物用の0番台を基本に列車選別装置、
上野~尾久の推進運転用ブレーキ回線、
客車との無線などを追加し500番台を
名乗ることになりました。
鉄ちゃんから見れば、列車に合わせた
車体塗装の変更のほうがインパクトが
強かったですね。
15両製造された500番台のうち、9・10
号機はカシオペアの銀色塗装でした。
《北斗星のシンボルマーク》
機関車にはそれぞれ寝台特急を象徴する
星マークが付いていました。
DD51
きらめく星の輪郭がぼかしてあります。
EF81
流れ星。
EF510
パワーアップした流れ星。
実物の塗装変更車が登場すると
いち早く鉄道模型でも欲しくなり、
(運転会で見せびらかすために)
手持ちの機関車を塗り替えましたが、
マスキングには苦労しましたね。
今なら流れ星塗装も売っているので
あの苦労は必要ありません。
EF510は最初から500番台があったので
完成品を買いました。
トレインマーク
機関車用はみな同じタイプの丸形です。
トレインマーク
客車用。ロール巻き取り式です。
北斗星の他に何が入っているのか
全部見てみたい。
エンブレム
北海道車についていたエンブレムです。
《その他 特別なこと》
マニ24 500番台
電源車がちょっと変ってます。
カニが検査等で不足になったときの
予備車として2両作られました。
マニ50にエンジンと発電機を搭載、
塗装と屋根カバーで体裁を整えました。
北小金
常磐線経由の北斗星
東北本線が台風で不通になったため
3週間ほど常磐線経由で走りました。
1998年9月のこと。
仙台で捨てた北斗星
2011年1月22日函館から乗った北斗星は
木古内でしばらく停車、その後なんとか
津軽海峡を越えたものの津軽線内で
翌朝未明まで停車しました。
津軽線内の踏切事故の影響でした。
運悪くソロに乗っていたので、独房に
耐えられず仙台から新幹線で帰りました。
2003年10月、ひょんなきっかけで
撮り鉄から乗り鉄に転向して12年間、
2015年1月のカシオペア・はまなすまで
42回ほど夜行列車に乗りました。
目的地まで到達できなかったのは2回。
(日本海でも朝目覚めたら昨晩と同じ駅
に停まってたことがありました)
夜汽車の旅も過去の思い出になりました。
本日もご乗車ありがとうございました。