でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -253ページ目

瀬戸大橋を見ると足が痛い男

瀬戸大橋。

でぶるまんしゅーじですねん

 

岡山県倉敷市と香川県坂出市のあいだ、


およそ10kmの瀬戸内海の上を、


6つの橋とそれらをつなぐ高架橋で結ぶ


世界最大の鉄道道路併用橋です。


レインボーブリッジと違って、


車道の下、鉄骨が縦斜め縦斜めになってる


箱みたいな部分の中に電車が走ってます。


ちなみに、新幹線2車線分の空間があるのも、


意外と県外には知られてない事実(^^)



ふっふっふ。


たまには真面目なことも書くのだ( ̄▽ ̄)



1兆1千300億円以上。工期約10年。


その眺望は、思いっきり見慣れた僕らでも


いまだに「威容」と思えるスケール感!


わーお:*:・( ̄∀ ̄)・:*:


坂出出身の僕も、休日に時間が空いた時、


車を走らせて坂出市の展望台まで


橋を見るためだけに行ったりしてますねん。



ただ…


この橋を見るたびに、僕の右足がうずく。


正確には右の足の裏がズキスキ痛む。



哀しき青春の記憶(こんなんばっかりやな)



1987年8月12日。


南備讃瀬戸大橋の最終ボルト締結式を


取材するために、僕はバイトさんと一緒に


瀬戸大橋に向かいましてん。



翌年4月の開通に向けて工事は急ピッチで、


当時、地元・坂出市のCATVにいた僕は、


報道担当として毎日のように瀬戸大橋ネタを


取材してましたの。



お天気めちゃめちゃ晴天(^O^)わーおあせる



ターゲットの南備讃瀬戸大橋とゆーのは、


瀬戸大橋の6本ある橋のうち最も四国側の


一番大きなつり橋です。


よくメディアに出る、手前に砂浜のある映像で、


一番手前にどどん!とでっかく写ってる橋。



かつてキングギドラに破壊された経験あり。



この日、両サイドから伸びてきた橋げたが、


ついに中央でドッキングしてボルト止めされ、


南備讃瀬戸大橋だけじゃなくて、


瀬戸大橋全部の海峡部の桁がつながる!


とゆー記念すべき日やったんですo(^▽^)o



朝からなかなか暑いお天気やったもんで、


僕を含めて多くの報道陣が軽装&運動靴。


まず、手前のエレベーターのある橋脚から


橋上(今の車道)に上がりまして、


そこからは、わっせ( ̄ー ̄;わっせ


南備讃瀬戸大橋の中央まで歩いて行く…



まあ、当然と言えばとーぜんやけど、


アスファルト舗装なんて未着工やから


橋の上は延々と続く鋼鉄の道…。


海上約50m。目的地までおよそ1Km。


逃げ場のない状態でひたすら歩け歩け。


ほとんどベンハーの世界( ̄_ ̄ i)



太陽照りつけるわ荷物重いわ風ないわ、


なにより太陽に焼かれた鉄の路面が


熱いのなんの(´_`i)



スニーカーの底が焼けてうにゃうにゃして


鉄の表面にひっつくよーな感じ(T_T)



よーやく汗だくで現地に到着した時は、


ほとんどの報道陣が「ふへへ~~」。


倒れてひっくりかえる人も(´□`。)



ボルト締結式自体は無事に執り行われ、


猛暑の中の取材も、まあなんとか終了。


おつかれさまでしたm(u_u)m



が。



ここから本当の悲劇が待ってましてんドクロ



日はさらに昇り、鉄製の路面はもっと焼かれ、


ジリジリジュワジュワ音がしてるよーな感じ。


僕らはそこをまた歩いて帰らないといけない。



「…よ、よいしょ」



最初の一歩からして「ぐにゅ~」と靴がゆがむ。


「おっ、おほっ、よよっ、あちょっ…」


熱さを紛らわす奇声をぶつぶつ言いながら、


100mほど歩いたところで、右の足の裏に


生け花の剣山を刺したようなスルドイ痛み!


しばらく我慢したけど、もー限界(T▽T;)


「えーんえーん」


機材をバイトさんに渡して、靴の裏を見たら、


なぜか自分の足の裏が見えてますねん。


「…( ̄_ ̄)??」


スニーカーの底が溶けて5百円玉ぐらいの穴が


ぽっかりあいて、靴下も溶けちゃってる。


焼けた鉄の上を、自分の足で歩いてましてん。


すでに水ぶくれになってて真っ赤っか


「どうしよう」


どーしよーもない。


「ううっ…(T_T)」


結局、そこからさらに数100m。


僕は、感覚のなくなりかけた足の裏で


世紀の大事業・瀬戸大橋の「熱い感触」を


必死の思いで感じ取りながら、


完成後は決して歩くことのできない鉄の路面を


感動と激痛の涙を流しながら歩いたのでした。