新聞とTVの記者さん、かく語りき
岡山県と香川県を結ぶ瀬戸大橋が開通したのは
今から23年前の1988年4月10日のこと。
その開通日よりも2週間ほど早い3月20日から、
坂出市番の州地区を会場に、橋の完成を記念した
「架橋博88/四国」がスタートしましてん。
当時、地元坂出のCATVにいた僕は、
半年間の会期の間、ほぼ毎日会場に通って、
取材と現場からの生中継を毎日やってましたの。
当然、いろ~んなメディアの方々も常駐されてて、
そういう方々との出逢いも楽しかったのよね(^v^)
四「あ、KBNの人ですよね~」
声をかけてきたのは、よく現場でご一緒してた
某四国新聞と某RNC(西日本放送)の記者さん。
西「いつもテレビに出よる人やろ( ̄o ̄)」
僕「…ども(u_u*)」
四「どーです、一緒にメシでも食いません?」
僕「あ、ぜひ~(^o^)」
関係者専用食堂で、名物だった冷やしラーメンを
3人でずびずびずるずるいただきながら、
取材や坂出市の話で盛り上がりましてん(^_^)
四「KBNさんって、記者クラブ入ってへんの?」
僕「ええ…。ウチはそこまでの体制が出来んので」
西「まーなー。でも、今はまだ入る必要ないで」
僕「あら。そですか?」
西「いつも思うけど、KBNさんは自由なとこがええ」
四「記者クラブに入らん方が動きやすいんちゃう?」
僕「…ま~、確かに自由ですね~(^o^;)」
…などと、普段の現場では決して出来ないような
ざっくばらんな話をして、いや~楽しかった(^v^)
四「CATVの人って、みんな楽しそ~やね」
僕「あれ、そ~ですか(^_^;)」
西「いつお~ても、みんないきいきしとる」
僕「ま~、やりがいはある仕事ですけどね~」
四「そのくせ、実情聞いたらアホみたいに忙しい」
僕「ほっといてください( ̄_ ̄;)」
四「わはは。ホメとるんやがな、ホメ言葉」
僕「記者がウソをゆーてはいけません( ̄_ ̄;)」
さて、そのうちに話題は、数日後に予定されていた
当時の皇太子ご夫妻(現天皇皇后両陛下)が
架橋博に見えられる話題になった。
四「その時はどーする?記者クラブ席に入れるん?」
西「記念館入口横に記者クラブ用の場所、設けるで」
僕「…いえ、僕らは入れんので、お客さんの席から」
西「あそ~。ほんだらまあ、何かあったらゆーてね」
僕「あ…ありがと~ございまっすm(_ _)m」
そして、当日。
架橋博会場南奥にある瀬戸大橋記念館の入口前は
そらも~ものすごい数のお客さんが大集結!
僕は入口正面向かい側のお客さん区画に陣取った。
記者クラブの専用エリアは、僕らから見て入口左横。
左側方向から歩いてこられる皇太子ご夫妻が、
会館に入るまでのお姿をずっと撮影できるポイント。
「わ~、さすがにあっちはええ場所やな~(^_^;)」
羨ましがってると、皇太子ご夫妻が見えられた。
わ~~~~!
日の丸を振る観客から大きな歓声が上がる!
…と。
「( ̄o ̄;)」 「( ̄o ̄;)」
報道エリアのカメラマンたちの眼がテンになった。
考えてみれば、ま~当たり前のことなんやけど、
皇太子ご夫妻は観衆に向いて手を振られましてん。
つまり記者クラブ席にずっと背を向けられたわけ。
そして、皇太子ご夫妻がずっと向いていらっしゃった
観衆側の中には…カメラを担いだ僕いたんですね。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:やほ~!
翌日、僕は架橋博会場内にて、
某新聞社と某テレビ局の二人組の記者に拉致され
チャーシューメンをおごらされたのでした。
今から23年前の1988年4月10日のこと。
その開通日よりも2週間ほど早い3月20日から、
坂出市番の州地区を会場に、橋の完成を記念した
「架橋博88/四国」がスタートしましてん。
当時、地元坂出のCATVにいた僕は、
半年間の会期の間、ほぼ毎日会場に通って、
取材と現場からの生中継を毎日やってましたの。
当然、いろ~んなメディアの方々も常駐されてて、
そういう方々との出逢いも楽しかったのよね(^v^)
四「あ、KBNの人ですよね~」
声をかけてきたのは、よく現場でご一緒してた
某四国新聞と某RNC(西日本放送)の記者さん。
西「いつもテレビに出よる人やろ( ̄o ̄)」
僕「…ども(u_u*)」
四「どーです、一緒にメシでも食いません?」
僕「あ、ぜひ~(^o^)」
関係者専用食堂で、名物だった冷やしラーメンを
3人でずびずびずるずるいただきながら、
取材や坂出市の話で盛り上がりましてん(^_^)
四「KBNさんって、記者クラブ入ってへんの?」
僕「ええ…。ウチはそこまでの体制が出来んので」
西「まーなー。でも、今はまだ入る必要ないで」
僕「あら。そですか?」
西「いつも思うけど、KBNさんは自由なとこがええ」
四「記者クラブに入らん方が動きやすいんちゃう?」
僕「…ま~、確かに自由ですね~(^o^;)」
…などと、普段の現場では決して出来ないような
ざっくばらんな話をして、いや~楽しかった(^v^)
四「CATVの人って、みんな楽しそ~やね」
僕「あれ、そ~ですか(^_^;)」
西「いつお~ても、みんないきいきしとる」
僕「ま~、やりがいはある仕事ですけどね~」
四「そのくせ、実情聞いたらアホみたいに忙しい」
僕「ほっといてください( ̄_ ̄;)」
四「わはは。ホメとるんやがな、ホメ言葉」
僕「記者がウソをゆーてはいけません( ̄_ ̄;)」
さて、そのうちに話題は、数日後に予定されていた
当時の皇太子ご夫妻(現天皇皇后両陛下)が
架橋博に見えられる話題になった。
四「その時はどーする?記者クラブ席に入れるん?」
西「記念館入口横に記者クラブ用の場所、設けるで」
僕「…いえ、僕らは入れんので、お客さんの席から」
西「あそ~。ほんだらまあ、何かあったらゆーてね」
僕「あ…ありがと~ございまっすm(_ _)m」
そして、当日。
架橋博会場南奥にある瀬戸大橋記念館の入口前は
そらも~ものすごい数のお客さんが大集結!
僕は入口正面向かい側のお客さん区画に陣取った。
記者クラブの専用エリアは、僕らから見て入口左横。
左側方向から歩いてこられる皇太子ご夫妻が、
会館に入るまでのお姿をずっと撮影できるポイント。
「わ~、さすがにあっちはええ場所やな~(^_^;)」
羨ましがってると、皇太子ご夫妻が見えられた。
わ~~~~!
日の丸を振る観客から大きな歓声が上がる!
…と。
「( ̄o ̄;)」 「( ̄o ̄;)」
報道エリアのカメラマンたちの眼がテンになった。
考えてみれば、ま~当たり前のことなんやけど、
皇太子ご夫妻は観衆に向いて手を振られましてん。
つまり記者クラブ席にずっと背を向けられたわけ。
そして、皇太子ご夫妻がずっと向いていらっしゃった
観衆側の中には…カメラを担いだ僕いたんですね。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*:やほ~!
翌日、僕は架橋博会場内にて、
某新聞社と某テレビ局の二人組の記者に拉致され
チャーシューメンをおごらされたのでした。