でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -175ページ目

新聞とTVの記者さん、かく語りき

岡山県と香川県を結ぶ瀬戸大橋が開通したのは

今から23年前の1988年4月10日のこと。

その開通日よりも2週間ほど早い3月20日から、

坂出市番の州地区を会場に、橋の完成を記念した

「架橋博88/四国」がスタートしましてん。


当時、地元坂出のCATVにいた僕は、

半年間の会期の間、ほぼ毎日会場に通って、

取材と現場からの生中継を毎日やってましたの。


当然、いろ~んなメディアの方々も常駐されてて、

そういう方々との出逢いも楽しかったのよね(^v^)


四「あ、KBNの人ですよね~」


声をかけてきたのは、よく現場でご一緒してた

某四国新聞某RNC(西日本放送)の記者さん。


西「いつもテレビに出よる人やろ( ̄o ̄)」

僕「…ども(u_u*)」

「どーです、一緒にメシでも食いません?」

僕「あ、ぜひ~(^o^)」


関係者専用食堂で、名物だった冷やしラーメンを

3人でずびずびずるずるいただきながら、

取材や坂出市の話で盛り上がりましてん(^_^)


「KBNさんって、記者クラブ入ってへんの?」

僕「ええ…。ウチはそこまでの体制が出来んので」

西「まーなー。でも、今はまだ入る必要ないで」

「あら。そですか?」

西「いつも思うけど、KBNさんは自由なとこがええ」

「記者クラブに入らん方が動きやすいんちゃう?」

「…ま~、確かに自由ですね~(^o^;)」


…などと、普段の現場では決して出来ないような

ざっくばらんな話をして、いや~楽しかった(^v^)


「CATVの人って、みんな楽しそ~やね」

「あれ、そ~ですか(^_^;)」

西「いつお~ても、みんないきいきしとる」

「ま~、やりがいはある仕事ですけどね~」

「そのくせ、実情聞いたらアホみたいに忙しい」

「ほっといてください( ̄_ ̄;)」

「わはは。ホメとるんやがな、ホメ言葉」

「記者がウソをゆーてはいけません( ̄_ ̄;)」


さて、そのうちに話題は、数日後に予定されていた

当時の皇太子ご夫妻(現天皇皇后両陛下)が

架橋博に見えられる話題になった。


「その時はどーする?記者クラブ席に入れるん?」

西「記念館入口横に記者クラブ用の場所、設けるで」

「…いえ、僕らは入れんので、お客さんの席から」

西「あそ~。ほんだらまあ、何かあったらゆーてね」

「あ…ありがと~ございまっすm(_ _)m」



そして、当日。

架橋博会場南奥にある瀬戸大橋記念館の入口前は

そらも~ものすごい数のお客さんが大集結!


僕は入口正面向かい側のお客さん区画に陣取った。


記者クラブの専用エリアは、僕らから見て入口左横。

左側方向から歩いてこられる皇太子ご夫妻が、

会館に入るまでのお姿をずっと撮影できるポイント。


「わ~、さすがにあっちはええ場所やな~(^_^;)」


羨ましがってると、皇太子ご夫妻が見えられた。


わ~~~~!

日の丸を振る観客から大きな歓声が上がる!


…と。

「( ̄o ̄;)」 「( ̄o ̄;)」

報道エリアのカメラマンたちの眼がテンになった。


考えてみれば、ま~当たり前のことなんやけど、

皇太子ご夫妻は観衆に向いて手を振られましてん。

つまり記者クラブ席にずっと背を向けられたわけ。


そして、皇太子ご夫妻がずっと向いていらっしゃった

観衆側の中には…カメラを担いだ僕いたんですね。


:*:・( ̄∀ ̄)・:*:やほ~!



翌日、僕は架橋博会場内にて、

某新聞社と某テレビ局の二人組の記者に拉致され

チャーシューメンをおごらされたのでした。