
歌誌「ハハキギ」作品 ―22― (平成4年中期 1992)
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[5月号]
取り出しし虫垂嚢を示しつつ医師はたらこのごとく皿に盛る
縄文人弥生人らは盲腸炎なるものを如何に処置しをりしか
盲腸炎は病のうちに入らぬと変な慰め方をされをり
目の前の茶碗の形にいとしさを覚えて来しは臥して四日目
日常の過ごし方まで反省をさせてくれしは病の部屋か
[6月号]
部を変はれど元同僚の転勤と聞けば宴に駆けつけてをり
遠目にも去年と変はらぬその場所に薄明かりして桜咲きゐる
ビルの底へ押さへ込まれてゐるやうにはりまや橋の朱色のあはれ
気になるは甲子園の高校野球ホテルを出づるまでテレビを見る
高知より南風8号にて徳島へ向かふ沿線わが初紀行
深き峡列車の窓より眺めつつ大歩危小歩危の霧のなか行く
子規の句が包装紙にも刷られをり阿波池田にて駅弁を買ふ
[7月号]
動くものどこにも見えぬ田園に幟の鯉は激しく泳ぐ
見知らぬ地ぶらぶら歩く愉しさよ右にせせらぎ左に若葉
墓誌の名は豪姫とあり苔ふかく物の香ただよふ松林の中
飛行機の窓より遠く山脈の切れたるところ虹の立つ見ゆ
春に来て旅の終はりに見しものは別子銅山廃鉱の跡
歌碑ひとつ別子の山に向かひあり山を畏るる言葉彫られて
ひと月に亘りし出張終へし朝わが家の庭に降る雨やさし
[8月号]
まづまづの額と認むるボーナスの総てが教育費となるこの夏
メリハリのつかぬ仕事となり来たり昼にはカレーライスを注文す
夕暮れの川の中ほど艇人はオールを上げて流れに従ふ
懸命にソフトボールの球を追ふこの日ばかりは町内ひとつ
いづこより流れ着きしか鴨三羽疏水の面をまるく泳げり