
歌誌「ハハキギ」作品 ―23― (平成4年後期 1992)
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[9月号]
けさはまだ雨の落ち来ず梅雨空を見上げて後の傘のやり場は
冷房の温度を高めにするといふ回章を受け取る社内事情
その意志は従順にして我に従ふパソコンを果たして喜ぶべしや
査定する我を上司も査定するか賞与明細うなづきて見る
ナイターを聴くか夕べの車内にはサラリーマンの耳にイヤホン
待つわけでなしとは言ふもやうやくに雨落ちくれば梅雨もまたよし
茶番劇と思ひしうちに憲法に触れる法案たちまち通過す
ところどころ文字のかすれてゐることのまた嬉しくて「赤光」初版本
[10月号]
釣りなどは退屈至極と思へるが竿を垂らせばすなはちたのし
限りなき蝉の鳴き声また聞けば遠き日の森よみがへり来る
けさの記事に北極圏の環境破壊われには生涯踏めぬ地ならむ
参院選開票速報ファックスに野球と五輪の記録も混じる
午前四時編集局に我ひとり通信機器の音のみ微か
病院より戻りし養父を迎へし後友の厳父の葬儀に向かふ
[11月号]
世間では盆の休みといふカンナ咲く道を雨にうたれて出勤す
一塁側のダッグアウトの中に入りひととき選手の気分にひたる
すりばちの底より見上ぐる球場がダッグアウトの前に広がる
ゆくりなく大屋根より雨の落ち来て原稿用紙を濡らすネット裏
念入りに砂などを入れて整備するホームベース上の十人ほど
せんなくも組織の仕事は組織に属す我に遺るは短歌と写真
[12月号]
臨終を告げ呉るる言葉かぼそくてうら若き女医うつむきて去る
めくるめく過ぎし日のことよみがへる亡き養父の面いまも若くて
それぞれに思ひを込めて棺内の養父の身元に白菊を置く
人ひとりの重みしみじみ思ひをり初秋を逝きし養父の野辺送り
二昼夜のうちに生死を見つめたり生体死体蝋化白骨
悲しみは慌ただしさのうちに紛れはや初七日の読経流るる
酒飲めば異国の丘に眠りゐる戦友を語りし養父にありき