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こちらは愛知県一宮市にある自立学習塾の塾長が普段の指導や時事ネタなどから思いついたことを書いてるブログです。(割とよく読まれている記事は↓参照)
他の塾の先生のブログのように要点を押さえて簡潔にまとめるというよりは、あまり役に立たないことをとりとめもなくダラダラ書いていることが多いので、あらかじめご了承ください。
上っ面な綺麗事だけを書くのはあまり好きではないため、なるべく現場のリアルから感じていることを綴っていければと思います。
ダイバーシティ(多様性)の時代と言われて久しいですが、確かに2、30年前よりも本人の持っている個性や人生観など世間に受け入れられる幅は広がったと思います。
もちろん限度はありますけどね。
これはネットやSNSなどで多くの人が情報発信できるようになったことも大きいでしょう。
ディズニー映画の「アナと雪の女王」の主題歌にも「ありの~ままの~♪姿見せるのよ~♪」みたいなフレーズありますし。
では、世の中全て「ありのまま」で受け入れてもらえるかといえば、そうでもありません。
本人がいくら頑張ろうとて変えられないものはあります。
例えば外見的な特徴など本人の努力でどうこうしようもないし、そういう面については幅広いシーンで受け入れられるべきだと思います。
しかし、成人しても子どものように泣きわめいてダダこねるような人を長期間働かせてくれる職場は少ないでしょう。
一定の秩序がなければ別の不公平が生まれます。
肉体的には男性なのに性自認が女性だからといって女子のスポーツ大会に出場OKなんてのは多様性ではなくて、「いろいろ狂ってる」と感じるのが普通ではないでしょうか。
これ学齢期の子の受験勉強とかでも言えることだと思うんです。
「叱らない子育て」とやらを喧伝して日本の教育を破壊した戦犯の一人である(断定)尾○ママとかいう妄想教育評論家が「勉強できないことも個性なのよ~ん」なんて言ってますが、日本人の当たり前の感覚として「できないこと=個性」なんて捉えないでしょ。。ほんと、こんな曲解を公言できる人間が国語の教師だったことやそれなりの影響力を持っていることに驚きます。
それに先天的な学習障害とかでなければ、コツコツ積み上げることで程度の差はあるにせよ「そこそこ」くらいまではやれるようになるのが小中高の履修内容。
そこで勉強サボって成績が悪かっただけなのに、「自分は性格的に受験勉強は頑張れなかったけど、自分にはもっと他にいい点もある(ただし証明するものはなし)。就職のエントリーで学歴フィルターがあるのは不公平だ」なんて主張する人がいるとしたら「それはいくらなんでも虫が良すぎる」と思う人の方が多いでしょう。
ごくごく一部の子を除けば、みんな勉強なんてしたくないけど、上を目指す子はあえて踏ん張ってやってるわけですからね。
本人が「ありのままでいたい」と思っても、その状態が受け入れられるかどうかを判断するのは第三者。
美輪明宏はかつて「『ありのままの私を受け入れてほしい』は『泥のついたままの畑の大根をそのまま食え』と言っているのと同じで図々しく迷惑なこと。人は誰かに受け入れてほしければ、泥を洗い落とし料理する努力をして自分を磨かなくてはいけません」と言ってましたが、大根はシャトーブリアンにはなれないけど、ぶり大根とか美味しい料理になることはできます。
大学や企業が一定の基準を設けているならそこをクリアする必要はあります。
「ありのまま」では受け入れられない状態であれば、そこから脱却するために何かを変えたり、行動しないといけないし、それができて初めて「成長」につながるもの。
と↑画像のように帝愛グループの兵藤会長もおっしゃってます(笑)
入試や就職など「競争のあるところでの勝負」では多様性なぞ「何それ?美味しいの?」ってくらい意味がないのが現実。
「ありのままの自分でいい」は通用するところと通用しないところがあります。
そこを見誤らず目の前のやれることからきっちりこなしていきましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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