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未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

1月下旬に、27年近く暮らした県営住宅を退去し、民間のアパートに引っ越した。二か月近く経ち、やっと新居での暮らしも形になってきたところである。

 

 

妻と長男との三人で、実家からほど近い県営住宅に越してきたのは、平成10年、28歳の頃だった。3DKの県営住宅は、当時は築10年。まだ新しさを残していて、とてもきれいだった。三階からの眺望も良い。「まるでマンションみたいだ!」と、とても嬉しかったのをおぼえている。

 

 

家賃も入居当時は2万4千円。設備に対する不満もなかった。実家までは徒歩5分の距離だったし、自分が育ったのとほぼ同じ環境で、息子二人の子育てができたことは良かった。

 

 

しかし、県営住宅は公営なだけに、安普請である。特に畳の質が悪く、数年で畳の表面はボロボロになった。寝転がったりすると服が汚れるので、カーペット等の敷物は必須だった。

 

 

あと、ひどかったのは壁紙のカビ。鉄筋コンクリートで通気性が悪いせいか、いたるところにカビが生えた。カビがひどくなったら、もう壁紙を貼り替えるしかない。何か所かはリメイクシートを貼ってごまかした。

 

 

それでも、わたしはこの住まいを気に入っていた。長男だったので、いずれ実家に入る予定だったし、それまでは住み続けるつもりでいた。いくらボロくなっても、二人の息子にとっては育ってきた家だし、わたしにとっても、家族との思い出がいっぱい詰まった場所であったから。

 

 

それでも、引っ越すことを決断したのは、まず家賃。二人の息子が巣立ち、妻がフルタイムで働きだすと扶養家族がいなくなり、家賃はぐんぐん上昇した。最後にはほぼ6万円になってしまったのである。6万円なら、民間のきれいなアパートも借りられる。カビだらけでボロボロのアパートに執着することもない。

 

 

そして、決定的になったのが姉の離婚である。姉が離婚して甥と共に実家へ入り、わたしが実家に戻る余地はなくなった。わたしたちは本腰を入れてアパート探しを始め、内見三件目にして、気に入ったアパートを見つけた。

 

 

引っ越してまず驚いたのは、風呂のお湯張りが自動だということ。今までは季節で湯量が変わるので、時間を読んでタイマーをセットし、自分でお湯を止めなければならなかった。時には止めるのを忘れて、お湯が浴槽からザーザー溢れまくってたなんてことも。まさに昭和の時代から、変わらない設備だったのだ。

 

 

というわけで、何かとお金はかかったけど、引っ越して良かったと思っている。かといって、ここに永住するつもりもない。民間のアパートは古くなると家賃の相場は下がる傾向があるので、同じところに長く住むと、相対的に高い家賃を払い続けることになる。(一度決まった家賃は、ほとんど下がらないため)

 

 

だから、今考えているのは、年金生活になり収入が下がったら、再び公営住宅に入居し、そこを終の棲家にするということ。先日、55歳になったから、十年後には65歳。でも、その頃はまだ働いているかな?

 

 

まあ、先のことは分からない。家を建てるほどの甲斐性はなかったけど、賃貸生活ってのも、ある意味気楽でいいよ。