気がつけば…①
10年前の今日、わたくしNOMANは、2006年3月19日「全日本キック SWORD FIGHT 2006 ~日本VSタイ・5対5マッチ~」 渡部太基 戦にて、このキックボクシング業界へと足を踏み入れてしまったのであります。
思い起こせば13年前、現在では全国高校駅伝を連覇してしまうような広島県は世羅高等学校で陸上競技に取り込んでいたNOMAN氏ですが、
当時世羅高校は低迷期であり、NOMAN氏は、その中で落ちこぼれ、多くの人の足を引っ張り、低迷期を長引かせた原因菌であったのではと関係者の多くは証言しています。
そんな中、箱根駅伝を目指し、倍率約1.1倍だった神奈川大学へAO入試で中一レベルの学力ながら奇跡的に合格したのであります。
しかしながら、神奈川大学へ入学出来たものの、箱根駅伝に出場している駅伝部には過去の実績や5000mベストタイムの基準に満たしておらず駅伝部へ入部するには、5000mの記録が14分59秒以内で走る事が駅伝部へ入れる一つの目安なのであります。
NOMAN氏は高校2年の時に記録した15分38秒という名門校では地味でクソみたいなタイムであり、
3年生の時に完全に落ちこぼれのエリートになってしまい、全く記録は伸びず、むしろ中学生時代に記録したタイムすら更新できず、どんどん後退し落ちこぼれてしまっておりましたが、
高校時代には5000m14分台で走れる練習は出来ているし、5000mを走る機会がなかっただけで、調子がよければ余裕だろうと、根拠のない自信に満ち溢れていたのであります。
しかし、とりあえずは駅伝部ではなくても陸上部に入れるらしいから、そこで頑張って駅伝部を目指そうと、陸上部の入部説明会に足を運び、陸上部に入部するつもりで4年生キャプテンの説明を聞いていたのです。
陸上部のキャプテンやマネージャーからの説明は終わりに近づき、ある質問を説明会に来ている約20名弱の人にキャプテンらしき男性が質問したのです。
『この中に箱根駅伝を目指したり、走ってみたいと思ってる人はいますか・・・?』
わたくしNOMANはやる気を問われてると思い、恥ずかしながらも正直に手をあげ、私も含め3人くらいの人が手をあげ・・・・・・・
4年生の陸上部キャプテンらしき人が言ったのです。。。
『この私達の陸上部を箱根駅伝の足掛かりにされては困る!!』と発言し、
少し怒り始めたのであります・・・
私は面食らい・・・
何て志が低い部活動なんだと驚き、こいつら出会い系陸上部だなと、怒りが込み上げてきたのを、昨日の事の様には思い出せず、13年前くらいの事のように思い出しています。
陸上競技の本質は過去の記録に挑み続け、自分の限界に挑戦し、より高みを目指す競技だと普通に考えられるのだが、
わたくしNOMANは、金銭や権力などが絡む事の少ないアマチュア競技で、こんな志が低い同好会の様なクソみたいな連中とは一緒に練習出来るかボケと思い、
陸上部には入らず、一人で記録更新を目指す道を選んだのであります。
しかし、高校時代に山の中で懲役3年の生活を強いられたNOMAN氏にとっては、
何の規律もない一人暮らしに、炊事洗濯料理、監督やコーチがいない独りで練習という環境は、何をしなければならないか分かっていても、誘惑が多く、レンタルビデオ屋さんのアダルティングコーナーに入れる歳にもなってしまい、
アダルトビデオを借りては、違う意味で自分の限界に挑んでしまっていたのであります。
~~長いので続く~~



