12月に入り、屋久島には一気に静けさが増した。
山肌はまだら模様に紅葉し、奥岳には雪が降り積もり始めている。
人の数は本当に少なくなった。
鹿の数、猿の数と人の数が横並びになるのではないだろうか。
嵐のように雨風が吹き荒れる日もあれば、
雲ひとつ無い晴天が続くこともある。
通りではジャケットの襟を立てて帽子を深々と被る人を見る。
シャツの袖をまくって近所の商店にアイスを買いに行く日もある。
どちらにせよ、とても穏やかな日々が続いている。
島が島らしく、ひっそりと息をし始めている。
島の南方、湯泊(ゆどまり)区のガジュマルの木の下、
エスニックな雰囲気の良い雑貨、喫茶店があったのだが、
11月の終わりで店を閉じた。お店は大勢の人に愛されていた。
最終日にはお別れパーティが開かれ、お店の最後を盛大に飾った。
様々な楽器が延々と夜まで打ち鳴らされ、みんなよく食べ、よく飲み、
よく歌い、よく踊り、そしてよく笑った。
「お店、終わっちゃって悲しいですね」
その夜の仲間の一人に声を掛けてみた。
その人は、こう話してくれた。
「まあ、そうだけど、人がいればどこかに集まるだろう」
有るものはいつでも、ずっとそこに有るわけでは無いし、
それを求めてもキリが無いのかもしれない。
ならば求めるべきは一体何なのだろう?
その時出逢った人の中で12月に結婚する方がいて、白川山(しらこやま)集落で
結婚パーティーがあるということで、僕もサックス1本、焼酎1升持って参加させてもらった。
かなりの人数が、屋久島中から、種子島から、本土から集まった。
パーティーは各自持ち寄りの形式で、かなりの食べ物、飲み物、デザートまでが豊富に揃った。
そして、どれもこれもうまい。
シイラという魚の燻製は格別だった。
踊り、歌、演奏など無形の贈り物も限りなく出てくる。
みんな延々と飲み続け、歌い続け、踊り続けた。
このパーティーは筋書きが無いので終わりも無い。
結婚する2人も、これから筋書きも終わりも無い長旅が始まるのだろう。
とても幸せそうだった。
僕は、サックスを吹く。ありったけの息を吹き込む。
叫びにも近い轟音。
口の中は血の味がした。僕が伝えられるのはこうゆうことだった。
数々のセッションが生まれた。
ブルースが鳴り響いた。
それこそ本当に終わりは見えなかったし、
誰もそれを望んではいなかった。
12時を回ると、降り続いた雨もいつの間にか止み、ついに満月が顔を出した。
白川山は屋久島で唯一、山中にある海の無い集落。
夜はひたすら暗く深く、満月の輝きは恐ろしいほどだった。
外に出て冷たい夜風を浴びていると、白川山に住むある人は僕に話し掛けてくれた。
「サックス、良かったよ、でも、サックスってもっと大きい音が出せるんじゃなかったっけ?
みんなが黙り込むようなサックスを吹けよ。ここにいる人たちはみんな本気なんだから、
お前も本気でサックスを吹けよ」
その言葉はずっしり重く、そして鋭く突き刺さった。
白川山の夜はひたすら暗く深く、ずっしりと重い。
次の目的地である陽の沈むトカラへは、まだまだ辿りつきそうも無い。