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ノマドの森から - from the Nomadic Woods -

移動を続けるノマドの森から届く不定期郵便

2009年も3月になった。

僕は未だ屋久島にいる。


人生ってゆうものは本当に不思議なもので、
本当に楽しいもので、
本当に切ないものでもあり、
本当に悲しく、辛く、延々と続く長い長い旅路だ。

屋久島に行き着いた当初、僕の頭の中では1月中に
トカラ列島、諏訪瀬島に移動する予定だった。
そして、沖縄に向けて進路を南に取り、
2月までには台湾に渡ろうと考えていた。


僕は屋久島に残ることを決意した。
旅は何年掛かっても構わないと心に決めた。
そうすることで気持ちはすごく楽になり、

一つ一つの出会いをさらに大切に思うようになり、
色々な出来事を心から楽しむことが出来るようになった。



今日も激しく雨が降る。
集落から山手に入った森の中に一軒家を借りた。

窓の外に広がる杉林は、いつも心を穏やかにさせてくれる。


一部分、壁が欠落している。

家の半分は床が抜けて土間になっている。

風呂は薪で炊く。

庭に鹿が出る。

家の中に猿が出る。


明らかに、今までとは違う生活が始まった。


僕は、屋久島で漁師になった。

鳥よりも早く目覚め、鹿よりも早く眠る。

自分の想像出来る範囲を越えた物に手を伸ばそうとする時、

心臓の裏側にざわめきを感じる。

それははっきり言って不安と呼べる感情だが、言ってしまえば快感でもある。



群馬を出発してから早5ヶ月が経とうとしている。
2009年という冒険の年はまだまだ明けたばかりで、
靄の中を手探りで進む毎日が続く。



ノマドの森から - from the Nomadic Woods --住居


ノマドの森から - from the Nomadic Woods --裏庭

時間が過ぎ去っていく。
誰が望もうが、望むまいが、あいも変わらず時が流れる。
生まれ落ちた瞬間から身分が決まっていたり、
身長や体重や、性別や肌の色で行動が制限されたり、
差別や偏見が生まれたり、
国籍や宗教が元で自由が奪われたり、
無駄に幾つもの命が奪われたり、
何もかもが不公平で、不平等で、矛盾だらけのこの世界で、
唯一つ時間だけは誰にでも平等に、正確に、脈々と流れ続ける。


あれからもう何年が過ぎたのだろう。
とても自分に良くしてくれた祖母が亡くなって、
兄には2人目の子どもが出来て、
同級生が自殺して、
12年以上も飼っていた愛犬が急に姿を消して、

広い世界が見たいと渡米を決意して、

もっと広い世界が見たいと地球の旅を決意して、
もう何年が経つだろう。
未来はすぐそこにあるのに絶対に手が届かない。
過去はたった今通り過ぎたばかりなのに絶対に取り返せない。


4年前はサンフランシスコで一人、バスの中。
3年前はアメリカ東海岸で大西洋に昇る朝日を眺めた。
昨年、一昨年は夜の新宿2丁目、地下一階の暗がりでJAZZに沈み込んだ。
そして今年はここ屋久島で年を越えようとしている。
来年は、再来年は、全く想像がつかないが、
地球上のどこかに、意識の裏側のどこかに流れ着いてることは間違いない。
旅はどこまでも続く限り無い迷路だ。

初めからゴールなんて目指してない。


2008年もあと数時間を残すところまで来ている。
来年もまだきっと空は青いし、山も深い。
何かが大きく変わるかもしれないし、
大して何も変わらないかもしれない。
過ぎ去った過去には決して別れ惜しまず、
新しく来たるべき未来をいつでも快く迎え入れよう。

12月に入り、屋久島には一気に静けさが増した。
山肌はまだら模様に紅葉し、奥岳には雪が降り積もり始めている。


人の数は本当に少なくなった。
鹿の数、猿の数と人の数が横並びになるのではないだろうか。

嵐のように雨風が吹き荒れる日もあれば、
雲ひとつ無い晴天が続くこともある。
通りではジャケットの襟を立てて帽子を深々と被る人を見る。
シャツの袖をまくって近所の商店にアイスを買いに行く日もある。
どちらにせよ、とても穏やかな日々が続いている。
島が島らしく、ひっそりと息をし始めている。


島の南方、湯泊(ゆどまり)区のガジュマルの木の下、

エスニックな雰囲気の良い雑貨、喫茶店があったのだが、

11月の終わりで店を閉じた。お店は大勢の人に愛されていた。
最終日にはお別れパーティが開かれ、お店の最後を盛大に飾った。
様々な楽器が延々と夜まで打ち鳴らされ、みんなよく食べ、よく飲み、
よく歌い、よく踊り、そしてよく笑った。


「お店、終わっちゃって悲しいですね」
その夜の仲間の一人に声を掛けてみた。


その人は、こう話してくれた。
「まあ、そうだけど、人がいればどこかに集まるだろう」


有るものはいつでも、ずっとそこに有るわけでは無いし、
それを求めてもキリが無いのかもしれない。
ならば求めるべきは一体何なのだろう?



その時出逢った人の中で12月に結婚する方がいて、白川山(しらこやま)集落で
結婚パーティーがあるということで、僕もサックス1本、焼酎1升持って参加させてもらった。
かなりの人数が、屋久島中から、種子島から、本土から集まった。

パーティーは各自持ち寄りの形式で、かなりの食べ物、飲み物、デザートまでが豊富に揃った。
そして、どれもこれもうまい。
シイラという魚の燻製は格別だった。
踊り、歌、演奏など無形の贈り物も限りなく出てくる。
みんな延々と飲み続け、歌い続け、踊り続けた。


このパーティーは筋書きが無いので終わりも無い。
結婚する2人も、これから筋書きも終わりも無い長旅が始まるのだろう。
とても幸せそうだった。


僕は、サックスを吹く。ありったけの息を吹き込む。
叫びにも近い轟音。
口の中は血の味がした。僕が伝えられるのはこうゆうことだった。
数々のセッションが生まれた。
ブルースが鳴り響いた。
それこそ本当に終わりは見えなかったし、
誰もそれを望んではいなかった。


12時を回ると、降り続いた雨もいつの間にか止み、ついに満月が顔を出した。
白川山は屋久島で唯一、山中にある海の無い集落。
夜はひたすら暗く深く、満月の輝きは恐ろしいほどだった。


外に出て冷たい夜風を浴びていると、白川山に住むある人は僕に話し掛けてくれた。


「サックス、良かったよ、でも、サックスってもっと大きい音が出せるんじゃなかったっけ?

みんなが黙り込むようなサックスを吹けよ。ここにいる人たちはみんな本気なんだから、

お前も本気でサックスを吹けよ」



その言葉はずっしり重く、そして鋭く突き刺さった。
白川山の夜はひたすら暗く深く、ずっしりと重い。
次の目的地である陽の沈むトカラへは、まだまだ辿りつきそうも無い。



ノマドの森から - from the Nomadic Woods --トカラ