ノマドの森から - from the Nomadic Woods - -19ページ目

ノマドの森から - from the Nomadic Woods -

移動を続けるノマドの森から届く不定期郵便

波の音を感じて
川の流れを感じて
森の息を感じて
時間の流れを感じて


過ぎ去っていった時間を想い
慌ただしい日々を想い
苦悩と葛藤の日々を想い
きたるべき未来のことを想い
故郷の限りない田園を想い
僕らの子どもたちを想い



息を止めてみる。
青い空が垣間見れる。
急な雨に打たれる。

色々なことに気付く。
そして色々なことに気付かないことにも気付く。



何を考えているのだろう。



知るということはとても残酷なことだ。




ノマドの森から - from the Nomadic Woods --海の見える丘





梅雨空の分厚い雲の下、五日分の荷物をバックパックに詰め込んで僕は屋久島を離れた。

十月末に入島して以来、約八ヶ月ぶりに海を越えて内地の土を踏んだ。



屋久島宮之浦港に車を停めてターミナルに足を踏み入れたその時、

急に目頭が熱くなり涙が一滴こぼれ落ちた。

五日間の九州旅行を終えて屋久島に帰ってきた今もその理由は分からない。

悲しみ、喜び、切なさ、希望、期待、不安、または僕の知りえない領域の感情の種の一粒が、

胸のどこかで小さく儚く花開き涙腺に訴えかけた。



船が屋久島を離れてほんの僅か沖に離れたとき、

屋久島は濃い霧に包まれて僕の前から姿を消した。

まるでそこにはもともと何も無かったかのようだった。

僕の住む家、僕の友人達、僕らを見守る山々、降り注ぐ雨、

その全てを遠く離れた世界の物語に感じてしまった。


そこは明らかに現実でありながらも、ある意味では明らかに現実から遠く掛け離れている。

現実と夢との境界線なんて本当に曖昧で、どちらとも同じ自身の意識の中の話だ。



本土鹿児島の空気はじっとりと重く、肌の呼吸が困難だった。

屋久島の呼気を体いっぱいに吸い込んだ僕の体は、

街、人、路面、全てに激しく反応していた。

激しい渦の中で自分がどこにいるのかさえ分からなくなることもあった。


此処はあそこは全く別の次元だ。

何もかもが作り物のようだ。

何もかもが嘘のようだ。



翌日訪れた博多では、不思議にも都会の空気を体が自然と受け入れるようになっていた。

顔の無い無数の人達が行き交う鹿児島とは違って、博多では全ての人に表情が灯っていた。

それぞれがそれぞれの日々を送っていた。


二つの都市にさほど大きな違いはなかったはずだ。

ただ単純に僕が慣れたようだ。

人間は慣れることが出来る。



湯平の石畳の上を彷徨い、

湯布院の洋館でアールグレイをすすり、

阿蘇の幻想的な丘を越え、

喜び、悩み、考え、九州周遊を終えて帰ってきた鹿児島では、

激しい豪雨に打たれた。

コンクリートとアスファルトで固められた大地と、

今では表情の灯った鹿児島の人々と、

僕と僕の旅仲間を激しい雨が叩きつけた。


洗い流された気持ちもあれば、

心に留まる気持ちもある。

それでもそのどちらの気持ちも、

間違いなく全て僕自身の気持ちだ。



さあ、また新たな気持ちで此処、屋久島での生活を続けよう。


常に背中に一筋の刹那を背負って僕はまだ此処に立っている。


ノマドの森から - from the Nomadic Woods --鹿児島港

新緑の鮮やかな春の屋久島は、
草木も昏々と眠る冬の深い屋久島とはまた全く違う顔をしている。
晴れた日に海から屋久島を見ていると、
ここだけでこれだけの緑を感じるのに、
世界中には一体何種類の緑があるのかと思い、
世界の途方も無い広さに唖然としてしまう。


海の色もだいぶ青くなってきた。
日の光も徐々に狂おしくなってきた。
虫達もなんだかせわしなく働き始めている。
街も活気に溢れてきた。
旅人の往来が激しくなってきた。
彼らは僕の向かうべき方角から、
僕の訪れるべき国々から、
僕の通って来た路から、
僕が素通りしてしまった街からやってくる。
その内の極僅かな人たちとはここ屋久島で会話し接点を持つが、
その他の大部分の人たちとは全く関係を持たずに交差してしまう。



色々な人に出会った。
自分の背丈よりもあるディジュリドゥを担いでくる男、
高円寺で悦楽を撮影する眼が痛くなるほどカラフルな助監督、
スイス産の奇妙な円盤で空間を奏でる音楽家、
白と黒の絵筆で複雑な宇宙を描く女性、
サンパウロに修行に出ようとしている眼の透き通った仏法僧。

どの人ともまたどこかで必ず再開する気がしてならなかった。


オーストラリアから帰ってきたばかりの旅人と会話をした。

「どこからきたの?」
「群馬。」
「群馬に友達がいるよ。」
「誰?」

その群馬の友達というのは、僕の友達だった。
オーストラリアの片田舎で、彼と僕の友達はすぐ近くの畑で働き、
すぐ近くの家に住んで何度も同じ時間と同じ酒と同じ煙を浴びていたようだ。
世界の途方も無い小ささに唖然としてしまう。
きっと同じような空気を吸っている仲間たちとは、
どこか別の次元で繋がりあっているのだと思う。


窓の外は暴風雨が吹き荒れている。
壁が踊っている。

玄関のドアが倒れてガラスが飛散した。
杉林が静かに笑う。

僕はここで一人、朝4時からサックスを吹き、
明日の出番に備える。



蝋燭にあかりが灯された。
百を越える蝋燭の一本一本を、
未来にも過去にも二度と無い、
その日一日限りの太陽系の惑星の配列の通りに並べ、
そこにいる皆で輪を作り、
長い長い一生の中の、歴史の中のたった一日であり、
またと無い特別な一日を祝福した。
そしてまた明日も特別な一日が始まることを皆で願った。



僕は誕生日を迎えた。
そして友達が一人死んだ。
僕の通って来た遠い国からの知らせだった。



僕が今ここに生きている以上、
僕はここで精一杯生きるし、
一秒を噛み締めて楽しむ。

素敵な人生の中の一場面の中の一コマの中の大切な一秒を、
しっかりと噛み締めて楽しみたい。


またと無い特別な一日の始まりを夢に描いて今日も静かに眠るだろう。





ノマドの森から - from the Nomadic Woods --人と森林と宇宙と



ノマドの森から - from the Nomadic Woods --蝋燭の太陽系