ノマドの森から - from the Nomadic Woods - -18ページ目

ノマドの森から - from the Nomadic Woods -

移動を続けるノマドの森から届く不定期郵便

沢山の時間が流れた。


物事が激しく動き去った夏はもう遠い昔のようで、
そしてまた秋も、音楽に身を沈めている間に通り過ぎていった。
そして今、時は静かに冬という沈黙に停滞している。


南の島とは思えない寒さを感じる。
僕が住むこの家の壁が一部欠落しているせいでもあるが、
地理的にも、屋久島の中でかなり寒い地区の、
その中でもかなり寒い地点にこの家は存在する。



僕が屋久島に辿り着いて、はや一年になる。
出発の時点では想像もしていなかった。
一年間、漁船に乗り込んでで飛魚を追いかけた。
沢山の友人を屋久島に迎え入れた。


屋久島の大切な友人の一人をふいに失った。
僕が本土に出ている数日の間に。
激流に飲み込まれて命を絶ってしまった。


僕は、路上の猫を回避して単独事故を起こした。
街路樹に激突して大きく損傷した車と引き換えに、
自分は奇跡的な無傷で事なきを得た。


過激な暑さとともに色々な事物が過ぎ去った。


秋には無数のライブに沈み込んだ。
喫茶店で、バーで、山奥の公民館で。
数々のミュージシャンが屋久島を訪れ、
その何人かとはセッションを交わした。
その全ては僕の血となり肉となる。


一年間という年月の間に、
沢山の出会いがあり、別れがあり、
色々な事を考え、色々な事を実行に移し、
色々な事を実行せず、そしてまた次の年が無言でやってくる。

あと数時間で訪れる来年という未知のかたまりは、
僕に一体何を与えてくれるのだろう。
次の一年で僕は一体何が出来るのだろう。
期待と不安を胸に僕はここ屋久島で、二回目の新年を迎える。

屋久島が無限に数えて来たうちの二回目の新年を。

雨にも負けず
風にも負けず
降り注ぐ火山灰にも負けず



前日の桜島噴火を受け、鹿児島の空には火山灰が舞っていた。
まるで季節外れの雪のように灰が舞い降りた。
視界が、世界が灰色に埋め尽くされた。


マスクを付ける人、
傘をさす人、
友達と笑いながら早歩きする人、
軒下で灰が降り止むのを待つ家族、
決してつらそうな顔を見せなかった。



前回鹿児島を訪れた時に感じた悲愴感はもう感じられなくなった。
灰から逃れるように天文館通りのアーケードを歩いていると、
この街の笑い声を受け入れられる自分に気付いた。
この街のひたむきな活力を、今では受け入れられる。



屋久島に住んでいると、
他の世界で時間が止まっているように感じてしまい、
全く別の世界で、別の人たちが、
全く別のことを考えて生きているように感じてしまう。

この人たちは僕とは違う。
別の価値観の中で生きて決して交わることは無い。
街行く誰に対しても否定的な見方をしてしまう。
あまりの人の数と情報量に眩暈がしてしまう。



何度となくその街を訪れるようになると、
徐々に方向感覚が掴めるようになり、
曲がり角の先が想像出来るようになり、
駅名やバス停の名前にも親しみを覚え、
知っている店が増えるようになり、
方便にも慣れ、
次第に街への愛着が沸いてくる。


行ったことも無い土地の、国の、
話したことも無い人々の信じる宗教や、
風土や習慣を蔑むのは、
どんなに馬鹿げたことなのだろう。
どんなにつまらないことなのだろう。


嫌いになるということは、
とても寂しいことだと思う。



屋久島を離れ内地の土を踏む度に、

哀愁が込み上げてくるのをひしひしと感じるようになった。
郷里を想う気持ちが、

僕にとっての新天地である屋久島に根付き始めている。



ノマドの森から - from the Nomadic Woods --桜島

圧倒的な緑の匂いと、
痛いほど突き刺さる太陽の光。
風の音と波の音と沢山の人の笑い声とある人の涙と。



7月の屋久島は、
大勢の学者とメディアと旅行者と流れ者と商売人の熱気と汗でむせ返った。
大粒の排気ガスの粒子が路上を満たした。


異常な晴天が続いた。

沢山の猫が轢かれた。
ヒッチハイカーが増えた。
泥酔者とジャンキーが増えた。



故郷の友人達、その友人達とそのまた友人達、
また、異国の地での学友が、
未だ壁の壊れた僕の家を訪ねて来てくれた。

庭にはテントが群れを成した。
毎晩火を焚いて肉を喰らい、魚を、野菜を喰らい、
毎晩決まって泥酔した。
川を登り谷を越え、只々過ぎ行く日々を謳歌した。



鳥は泣き叫び、異常な数のトンボが空を舞い、
辺りは夜のごとく真っ暗になり、
そして屋久島での皆既日食騒動は収束を迎えた。
また世界のどこかで次の騒動が始まるのだろう。



驚くべき数の人々の大部分は屋久島を後にした。
滝のふもとに、野原に、神社に、岬に張られたテントも、
大部分が片付けられた。

日常に戻っていく人々もあれば、次の祭を目指す人々もある。
僕自身は此処で、日常なのか何なのか分からないが、
生活という二文字を続けていこうと思う。
終わりなき旅路は、明らかに生活という二文字に形を置き換えようとしている。



屋久島は、皆既日食という一つの節目を乗り越え、
またさらに永遠の時を刻み続けるだろう。
僕はそこにしがみつき、僕自身の毎日を謳歌する。


ノマドの森から - from the Nomadic Woods --女川

ノマドの森から - from the Nomadic Woods --愛子岳

ノマドの森から - from the Nomadic Woods --船行休耕田より