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ノマドの森から - from the Nomadic Woods -

移動を続けるノマドの森から届く不定期郵便

竹笹が生い茂り、農作物を育てるのでさえ厳しい環境はあるが、
その島にはその島の暮らしが息づいている。

湯治場としても有名な口永良部島には、
小さい島の中に4つもの温泉がある。
温泉として整備されている施設以外にも温泉が湧き出ている。

あちこちに硫黄の匂いが漂う。
船着場から泡が吹き出ている場所もある。
火山島ならではの風景だ。

寝待温泉のある寝待という集落は、人口わずか2人。
もともとは温泉街だったのだろうか、10棟足らずの空家があるのだが、
今は湯治客の宿場として使われているようだ。

口永良部港から山沿いのコンクリート道路を走ること約40分、
一番大きな本村集落からは新岳火山の反対側に位置する湯向集落は、
人口わずか10人未満の小さな漁村。
そこにもやはり温泉がある。手入れの行き届いた、湯の花の舞う綺麗な温泉だ。


湯向集落では、自分のミスで車のバッテリートラブルを起こしてしまった。
港で釣りをしている最中ずっと車の電気系統を働かせてしまい、バッテリーを使い果たしてしまった。
キーを回しても車は沈黙を守ったまま。

困った。車が動かない。

集落に助けを求めに走ったところ、話しかけたおじさんは集落の漁師さんで、
僕の車からバッテリーを外し、家に持ち帰って1時間以上もバッテリーを充電してきてくれた。
助かった。湯向で立往生になるところだった。

お礼に、屋久島から持ってきた飛魚の燻製を渡したらとても喜んでくれた。
飛魚の燻製は3尾もってきたのだが、1尾は同じ屋久島からの旅行者に渡し、
残りの2尾はお礼に渡してしまったので、自分が食べる前に完売した。

それでも自分で作って持ってきた燻製が思わぬ渡りかたをして、嬉しかった。


どこか知らないところへ出掛ける楽しさの醍醐味はやはり、知らない人達と出会うことにある。
どんな素晴らしい景色を見ることよりも、それはもっと素晴らしいことだと断言出来る。

屋久島に帰ってきた今も、人の優しさ、温泉の湯の優しさを忘れることは無い。


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銅褐色の港(向江浜)


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西之湯

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寝待温泉

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湯向温泉

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湯向港

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釣り








行く道行く道が竹笹に覆われて何も見えない。
車ではすれ違うことが不可能な幅のコンクリート道路。
山羊や鹿が飛び交い、牛が横たわる。
視界が急に開けたと思うとそこは断崖の上、広がる大海。

ここは口永良部島。

屋久島宮之浦港からフェリーで1時間半、
行政区分上は同じ屋久島町内であるが、地質学的にも全く違う島である。
人口わずか150人。港付近に小さな集落を形成し、ひっそりと暮らしている。
集落を出ればそこは竹に覆われた山か、でなければ牧場である。

島内にはいくつかの集落が広がっているが、どの集落も素晴らしい温泉を抱えている。
島を訪れる観光客のほとんどは、温泉客が釣客らしい。

そしてこの島はいまでも噴煙を上げ続けている火山を有する火山島である。
過去何度かの大爆発で壊滅した集落もいくつかあるようだ。
口永良部港に広がる本村集落からは、山頂からもくもくと吹き上がる噴煙を眺められ、
人々は常に火山と密着した生活を送っている。


車にテントと自炊道具、トビウオの燻製や野菜その他かなりの食材を詰め込んで、6ヶ月ぶりに屋久島を離れた。
4月29日から5月3日までの5日間、この島でキャンプ生活を送った。
屋久島からもすぐ近くに見える島だが、来てみれば全く違う景色と全く違う生活がそこには息づいていた。

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遠ざかる屋久島

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口永良部島

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本村集落

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島内道路

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牧場
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キャンプ地点(岩屋泊)




南北に伸びる日本列島の中ではかなり南に位置する屋久島だが、
それでも冬はやはり寒い。
集落では雪こそ降らないものの、激しい北西風が毎日のように吹き荒れ、
雨が降り始めれば1週間降り続けることもある。
海も灰色にどんよりと重く、割れた白波が岸壁を打ち付ける。
夏の眩しい日差し、空の突き抜ける青、
穏やかで透き通った海だけを想像していると、
冬の屋久島は全くの別人格である。


三月の末頃、テレビ局の機材運搬クルーの一員として来島後二度目となる縄文杉登山に出た。
新しい撮影技術のデモンストレーション映像としてその対象物に縄文杉とウィルソン株が選ばれたらしい。

三月の末ともなれば里では桜が咲きすっかり春の装いを呈するのだが、
標高が1000mを越える山の中はまだまだ凍えるほどの寒さだった。
縄文杉の地点では摂氏0度だったようだ。
その上常に雨が降り注ぎ、耐え難い寒さの中での運搬登山となった。
自分はカメラ用バッテリーをいっぱいに詰め込んだ大きなスーツケースを背中に背負っていたのだが、
バックパックと違って背中全体で重さを支えられず、
肩の部分に鋭く食い込む痛さを常に感じていた。

歩けば数分で息が切れ、汗が吹き出る。
休めばすぐに汗が冷え、一瞬のうちに極寒状態。
奴隷というのはこれを毎日無報酬で繰り返すことを言うのだろう。
もしかしたら、死んだほうがましだと思う日が来るかもしれないと思った。

無心で歩いた。
もう何もかもを忘れ、巨木の根の渦と沢が広がる足元だけを見つめて。

縄文杉に辿り着いた。
とても深い達成感を味わった。
縄文杉は自分の想像よりも遥かに偉大だった。
初めて見たときとは比べものにならない。
状況が違う。


聖老人。
屋久島、白川山集落で執筆を続けた詩人、故・山尾三省氏は縄文杉のことをこう讃えた。
有史以前から山の奥深くで、永遠とも呼べるほどの時を超え、何も言わず、
じっとそこで全てを眺め感じてきた聖なる老人。
深い霧をまとったその姿には威厳を感じずにはいられなかった。


今月、僕は26歳の誕生日を迎えた。
聖なる山々の麓でひっそりと年を重ねる。
永遠とは程遠い些細な命だが、
自分にとっては何にも変えられないただ一つの命だ。


激しく降り注ぐ経験の数々に打たれ、
また一つ新たな年輪を重ねる。

ノマドの森から - from the Nomadic Woods --聖老人