ノマドの森から - from the Nomadic Woods - -14ページ目

ノマドの森から - from the Nomadic Woods -

移動を続けるノマドの森から届く不定期郵便

宝島からさらに南へ約90km。
そこには、ここまでとは明らかに異なった文化圏が存在する。
鹿児島本島からトカラ列島を徐々に南下してきたが、
ここまで来るともう世界が違うように思える。
琉球文化圏への突入だ。
ここは過去、琉球王国の支配下にあった時代もあり、
地名や方言も耳慣れないものが多い。

奄美大島。
奄美群島の入口であるこの島には、
異色の文化が根付いている。

名瀬港についた僕らは、まず街の大きさに圧倒してしまった。
今まで人口100人に満たない島々を渡り歩いてきたが、
ここへ来て奄美市名瀬地域の人口はおよそ4万人。
400倍の人の群れが街を行き来している。
目がくらむほどの灯り。
目がくらむほどの情報量。
離島とは言え、内地にも劣らない都会が広がっている。
久しぶりに都会の喧騒を満喫した。
バロウズと呼ばれるカフェに入った。
カフェなんていう単語自体が久しぶりだ。

奄美大島は、大島というだけあってかなり大きい。
大きいだけあって、地域によって雰囲気もまちまちだ。

名瀬港から西へ西へと向かうと、そこには大和村(ヤマトソン)という村がある。
名瀬からの峠道をぐんぐん進んだその先にあるこの村。
ここまでくればもう喧騒からは離れ、時間の流れも急にゆるやかになる。

宇検村(ウケンソン)はその更に先の入り江に出来た湾に面する穏やかな村だ。
内湾の水面のように穏やかで、静かで。
とてものどかな気持ちになった。
海は波一つ無く、まるで湖のようだった。
静かな入江にゆるやかなカーブを描くように集落が広がっている。
さんさんと輝く太陽と蝉の声。
小さい頃の思い出のような、懐かしい風景。

そこから峠を越えて反対側の海に面するのは住用町。
広大なマングローブの森と、緩やかで曲がりくねった茶色の河を見ていると、
本当に異国の地に来たように思える。

同じ日本国内でもこんなにも違うものなのだ。
この旅に出てからつくづくそう思う。
日本国内といっても、今回の旅は鹿児島県内だけでの話だ。
こうやって徐々に南下して行くと、文化の違いを少しなりとも理解出来る。
飛行機でひとっ飛びしたのでは分からない愉しみだ。

今回龍郷町、笠利地区には足を運べなかったが、
それは次回また奄美大島を訪れた時の為に愉しみを取っておこう。
これはどの島にでも、どの国にでも地域にも街にも言えることだが、
一週間程度滞在したくらいでは本当の良さは分からない。

屋久島に来てから早二年が経とうとしているが、
それでもまだまだ奥の深さを感じる。
そこで生活を続け、子が出来て孫が出来て、
そうこうしているうちに何十年か経って、年老いて、
それでも良かったと思える気持ちこそが、
本当の良さなのかもしれない。
そんなことは青二才の僕には到底分かりえない。

住用町から幾つもの峠を越え、古仁屋港へと向かう。
次なる目的地、加計呂麻島は目の前に見えている。

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カフェ(名瀬市街地)

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小浜キャンプ場より(名瀬)

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宇検村の海

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宇検村久志

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奄美大島の山々

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アランガチの滝

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加計呂麻島を望む
嘘か噂か冗談のような名前の島だと、畏敬の念を持って言わせてもらおう。
上陸するまでは信じられなかったが、宝島は実際に存在するのだ。

海の透明度は驚くほど高くなる。
空は限り無く青く、そして広い。
海も空も地球上どこまでも繋がっているはずだが、
場所によってこうも違うものだろうか。

この島は名前が想像させる通り、冒険の島だった。
冒険なんていう言葉を今になって使うとは思わなかった。
まるで小学生の夏休みのようだ。

まず、キャンプ場に辿り着くまでが冒険だった。
地図が間違えていたのだ。
地図といっても宴の席で誰かに書いてもらった泥酔うる覚えの地図ではない。
○と×と星印と棒線のみの地図ではない。
行政が作成したトカラ列島のパンフレットだ。
そう、ここは冒険の島なのだ。

灼熱の太陽の下、食糧とテントを背負って右往左往した。
既に港から歩き始めていた僕らとすれ違う島民は一向に現れない。
背中に限界を感じ、荷物をその場に投げ出して走って探した。
ついに辿り着いたキャンプ場は、桃源郷のように輝いていた。
大袈裟なように聞こえるかもしれないが、それくらい嬉しかったのだ。
そして投げ出した荷物の地点まで戻って再度抱えて必死に歩いた。

嬉しかったことといえばもう一つ。
この島には商店がある。トカラ列島巡り三島目、最後の島にして初めてのことだ。
小宝島で遂に飲み干してしまった酒類を補充できる。
そして何より、毎日浜辺で冷たいビールが飲める。
この喜びは五歩以内に冷蔵庫のある生活からは計り知れない。

冒険に話を戻せば、この宝島には幾つもの鍾乳洞がある。
そのうちの一つには、海賊キャプテン・キッドが財宝を隠したという伝説もある。
一昔前、この島には世界各国からのトレジャーハンターが訪れていたようだ。

林道を一時間程あるいたその先にある一番大きな鍾乳洞に入ってみた。
そしてすぐに、あまり奥に足を踏み入れてはいけないことを肌で感じた。
まるで空気が違うのだ。ただ冷たいだけではない。
背中と心の内側に何かを感じる。
この奥はどこか違う世界に繋がっているようにも思えた。
どこかというのは、僕らの住む世界とは違う次元かもしれない。

宝島では鍾乳洞に神様が住んでいるとされている。
そこにあるものは、何一つ持ち帰ってはいけないと島の人に忠告された。

外からの光は入り口からわずか入った所までしか届かず、
その先には漆黒の闇が押し迫る。
薄暗い視界に入るのは、延々と続く大小のつらら状の岩肌の群れ。
足元は入り組んでいてまともに両足で立てない。
入り口は一つ。その先には幾つもの分かれ道。
そのうちの一つの道のずっと奥が微かに光って見える。
外に抜けるのかもしれない。その先を見たい。
だが、思いとどまった。まだこの世界に居たいと思った。

内地では幾つかの鍾乳洞に入ったことがある。
手すりがあり、地面は平らにならされ、明りが灯されている。
それでさえ僕は神秘的だと思った。
宝島のこの鍾乳洞に入ってみて思ったことは、
神秘的というのは言葉にしてしまうと意外と陳腐なものだということ。


この島で、台風四号が付近を通過した。
海は大シケ、南へ、奄美へ向けて出航予定のフェリーは二日間順延した。
テントではあまりの強風に耐えられないことを見越した管理人が、
ロッジの使用を許してくれた。

台風が過ぎ去った後、とてもきれいな夕焼けに出会った。
時間が経つに連れて変化する空の色、海の色、砂浜の色に見とれていた。
台風が無ければ出会わなかったかもしれないこの光景に感謝した。


この後、二日遅れで僕らはトカラ列島を抜け、奄美群島の北端であり、
最大の島、奄美大島に入島することになる。
これを書いている今は十月も末、屋久島もだいぶ寒くなった。
二ヶ月も前の旅の話だが、一つ一つの思い出は今だ鮮明に思い起こされる。


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前籠港巨大壁画

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キャンプ場ビーチ

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野生バナナ

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観音鍾乳洞入口

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夕焼け
1ヶ月に及ぶ離島の旅を終えて屋久島に帰り、1ヶ月が経つ。
日常から離れた旅を非現実と考えるならば、
ここ屋久島での生活は僕にとっての現実であるのだが、
1ヶ月経った今でもなお、現実という言葉の重みを感じることは無い。
屋久島での生活が現実では無いのならば、
僕の現実は一体どこへ行ってしまったのだろうか。


トカラ列島は屋久島、奄美大島間に連なる島々で、
それだけで十島村という自治体を形成しており、
南北に約180kmにも及ぶ日本一長い村だ。
有人島は7島、人口は多い島でも約150人。
約13,000の人が暮らす屋久島と比べても遥かにのどかな島々だ。
生活音よりも海の音、風の音の方が鮮明に耳に入ってくる。
人の声よりも山羊や牛の声の方が目立っている。
唯一の公共交通手段であるフェリーとしまは週に2便。
入港時には島民全員参加で荷役作業が始まる。
その賑わいを除けば本当に静かな時間が列島を覆っている。


諏訪之瀬島を出発した僕らの旅は、次に小宝島に足を落とす。
この島はトカラ列島の有人島で最も小さく、外周約5km。
島内一周道路は歩いて20分もあればもとの地点まで戻ってこれる。
こんな小さな島に約50人が暮らしているので、
島の大きさの割に人口の少ない諏訪之瀬島よりは人気を感じる。
一日で同じ人に2度以上会う確立がかなり高い。

この島にはキャンプ場が無かった。
役場出張所で相談したところ港付近の空地ならテントを貼っても良いとのことで、
そこに貼らせてもらった。
そこは島の幹線道路(1周約3km)に面していて、日中は何度も人の往来があった。
もちろん同じ人達が何度も往復しているのだが。

ここでのキャンプ生活は4泊5日、次の南へ下るフェリーが来るまでの間だ。
もちろん商店、自動販売機は無い。持ってきていた酒も遂に底をついた。

集落はこじんまりとして風情があった。
小さい島のなかでもそのさらにごく一部の地域に家は密集している。
人間は、どこにいっても集まるものなのだ。
島の風土にも関係しているのだろう。
5日間、風の無い日は無かった。
小さいうえに高い山の無い島は、海からの風に常時吹き付けられる。
雲もたまらないので、一日に何度も何度も雨が降っては止みを繰り返した。

飲料水は海水を淡水化して使っていた。
山が無いので川も無く、水資源にかなり乏しい。
稲作は行われていない。

海はとてもきれいだった。
珊瑚礁の隆起で出来た島で、魚の種類も限りなく思えた。
毎日海に潜り、ご飯を炊き、夜になればギターで歌を唄った。
今日の延長線上に明日があり、その先には明後日があった。
当たり前のことだが、毎日陽は昇り落ち、それを繰り返した。
今までの人生で一番穏やかな5日間を過ごした。

出航日はとても波が高く、港に着けた船と乗降用のはしごは上下にかなり揺れた。
どうにか出発することが出来た。脱出とでも言うべきだろうか。

僕らを乗せた船は宝島へと向かう。
海のすぐ向こうに見えたが、遥か遠い異国にも見えた。


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小宝島全貌

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幹線道路(島内一周道路)

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集落近辺

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荒波の出航