人は見た目で判断してはいけないという。
このたった一言だが、連想できる対象というものは実に人によって様々だろう。つまり、あなたの遠く離れた他人も同じ連想、イメージを持つとは限らないという意味だ。
ある人は恋人や結婚相手を選ぶにあたっての戒めと感じるかもしれない。
はたまた、人事部の採用担当者として責任ある雇用をしなければならない立場にある場合、営業職ならともかく頭脳がずば抜けた即戦力にできると確信できるものの見た目からしてだらしがないがどうしたものかと、冒頭の言葉を思い出して悩むかもしれない。
とある大学生は、着るモノや食べる時間も惜しんで日夜大型バイクのエンジンを弄るのが趣味で日課だったが、肝心な就職活動をしなければならなくなった時期に、慣れないスーツを同級生から借りてきた。
就職面接の練習を担当事務と重ねてきたが、なかなか自分という人間を口で表現するのが実に難しい。
諦め半分、仕方がないと担当事務にもバイトで生きていけなくもないご時世だからと慰められながら希望の会社へと足取り重く向かう。
事務所に通されたらノックを三回、そう何度も頭の中で繰り返していたが、驚くことに着くや否や事務所を通り抜けて作業場へと通された。
他の社員が修理中の車やバイクと格闘しているのを横目に、特に高そうなバイクの修理をしているその人が代表だという。
事務員さんが、「社長、面接の人です。」と半ば大きく言うと、「ああ、もうそんな時間か。」と。のそっと視界に入ってきた。
訓練通り、大学名から名前を言おうと思うが、意外な展開に言葉が出ない。第一、周囲の作業の音でかき消されてしまう。
「どれ、両手を見せてごらん。」
そう言うと、僕の手を手に取ってジーっとみつめる。
「いいね。」
それだけ事務員に向かって言うと、「あとは事務室で書いてもらう書類があるから、いつから来れるとか話をしておいてね。」
それだけ言うと、代表はまた作業に戻ろうと視線をバイクに向けた。
僕はとっさに、「志望理由とか聞かないんですか?」と尋ねてしまったが、返ってきた言葉はあまりにもシンプルで、一生忘れないだろう。
「この仕事がしたいんじゃないの?手を見ればわかるよ。」
年中弄ってこびりついた機械油なんてのは石鹸で念入りに洗ったところで、簡単に落ちやしない。
爪の間にまで入り込むものだ。
それが何よりの証拠になった。
人は見た目で判断してはいけないという。
清潔さや身だしなみは重要だ。
ただ、誰のために何のためにという背景が重要だ。
あなたの大事な家や、車が故障した時、水洗から水が漏れて噴き出した時、どんな人間を頼ったらよいだろうか。
身ぎれいなシミひとつない作業着に身を包んで現れる人間が信用できないとは言わない。
言わないが、こちらにも選ぶ権利があることを忘れてはならない。
大学卒業後、業界では名の知れた企業、特に営業ではピカイチの日本を代表する企業に就職した学生がいたという。
給料はそれなりに良かったが、生活にかかる固定費というものが大きい。
尊敬できる先輩や上司にも運よく恵まれ、持ち前のさわやかさと気さくさに周囲からも支えられ、愛される存在として居場所を保てた。
しかしある時疑問が浮かぶ。
このままこの会社に居続けた場合、必ず出世争いになる。
どの派閥に着くかによって時にはそれまでもらえていた給料や、勤務地すらも他者の都合のいい判断でどうにでもされてしまうだろうと。
それは本意ではない。
なので、給料やボーナスを他の同僚のように遊びにすべてを使わず、ある目標と、それに伴う計画を立ててひっそり社員生活をつづけたという。
貯蓄が目標まで到達した時、それまで併せて勉強していた不動産業界と宅地建物取引主任者の資格をひっさげて、初めて不動産を購入した。
当初は右も左もわからずどう進めていくか戸惑ったが、目標のためにはそれを高く誰かに買ってもらうしかない。
そのためには、購入した不動産を蘇らせなければならなかった。
つまり、水回りから間取り、電気配線の再構築など、とても一人ではこなしきれない作業を請け負ってくれる業者を探す作業から始めなければならならい。
しかし、何度も言うが初めての取り組み。
騙されるかぼったくられるかどうなるかわからない。
むしろ、親切に向き合ってくれる業者と出会えれば運がいいだろう。
この一連の取り組みは、この人の「投資の具体的な手順」として定着し、すっかり仲良くなった請け負ってくれる業者と共に今も歩み続けている。
ここ十数年は日本の不動産市況は活況で、信用情報が優秀な人物や法人ほどこの恩恵を受けることができたわけだ。
当然、この取り組みは利が利を生み、本人どころか共に歩んできてくれた請負業者も大きくなっていったという。
そりゃそうだ。
優秀な人間には優秀な人間が意識せずとも自然と集まる。
逆も然りだ。
銀行からも紹介されるようになった彼は、もはや自分で直接購入して動かすことよりも自分を頼ってくる人物がちらほらと集まるようになっていた。
無尽蔵に相手をしていては、身が持たない事と、無料で教えるようなそんな価値のないものなんかではない。
それは集まる人間が誰よりもわかっていた。
月に数十万の会費を支払うかわりに市場や不動産の見極め方などを教えているという。
そして何より、古い付き合いである工事業者も紹介しているわけだから、むしろ安いくらいだろう。
それこそ一生ものだ。
時間を掛けてその目を養うことが出来れば、自分自身の力で付き合う業者も含めて見極めることが出来る。
賃貸不動産なんて、各部屋の水回りの工事から各部屋のエアコンの工事、入退室時の原状回復、外壁や防水などの大規模な修繕工事もあれば、入居者とのトラブルなんてのもある。
たかだか数千万円持っているからと言って対応できるものじゃあない。
とても責任を負いきれないだろう。
不動産に限らず、こういった人生計画と等価である投資と向き合うためには如何に勉強が必要なのかを思い知らされるわけだ。
ハンコをついてからでは遅い。
さて、至る所に簡単に稼げる方法だの一生ものの技術だの、ビジネスにはしわを伸ばしたシャツを着て有言実行がどうだの訓垂れ情報商材業者が目立つようだ。
人は見た目で判断してはいけないという。
目の前のスーツを着たダンディな人間は、見た目スマートだからとあなたの人生にとって信用が出来る人物なのか。
検討する権利と時間ならあなたにはたっぷりあるはずだ。
もし、わたしは自分だけの事しか考えない人間ではないと思うのであれば、今後の社会のために、どんな人でどんなサービスだったのかを記録し公開すると良いだろう。
たったそれだけでも十分、徳になる。
必ずや、あなたは誰かの役に立つ。
あなたも見た目だけで判断されたくはないだろう?
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。
※この作品は2025年10月27日にnote.comに掲載したものです。




