成功している人物とは誰だろうか。
それはあなたが即座に連想する人物と、どこか別の場所でこれを読む別の人物とおそらく全く別の人物だろう。
とはいえ、世の中が何かしらに沸き立ち、メディアも一列横並びで称賛しているような、一種のブームが巻き起こっているならば、もしかしたらば一致するかもしれない。
しかし、当然メディアの一挙手一投足が気に入らない人物というのもいるから、一概にそうとも言えないのがこの現世の面白いところと言える。
大きさにかかわらず、誰しも成功は欲しいものだろう。
だが、その成功とは何だろうか。
人並みに親先祖に恥ずかしくない家庭を持ち、子孫を設けたなら、それはそれで死んであの世でなんの文句も言われる筋合いも無かろう。
それは確かに一人の人間として成功しているとわたしは思う。
あとは自信を持って残りの人生を謳歌すればいい。
そこまで、そこまでようやっと来ておいて他者のお目汚しのお晒者になるのはもったいないの一言に尽きるだろう。
せっかく何かを作り上げたのに、なぜにどうして我慢できなかったのか。
そうしみじみ思えば、たった一言自身の無念を君主に伝えさえすれば、きれいに収まったのに、わざわざ要らん工作をしたばっかりに、大罪人として永遠に歴史に名を刻んでしまった人間だっていたなあと思い出す。
一時の感情と言ってしまえば軽そうだが、一瞬そこまで突き動かしてしまう恐ろしさや妬み、そして果ては恨みと、人間に生来植えつけられた罠と言っても良いのかもしれない。
逆に考えれば、その罠にさえ嵌らなければいいということになる。
言うまでも無いが、その罠は至る所に仕掛けられているのだ。
自身の堅物な父親と、臨機応変な父親で、どちらも立派な人物なのだが、農業、縫製、そして建築とすべてを同時にできるわけでは決してない。
そんなわけで、世の中にはお金という便利なものが存在するのだが、前者は不器用なため今の仕事を辞めさえしなければ生涯年収は人並みに受け取る予定があって、後者は自身が経営するちいさな商店でやりようによってはどうにでもなる。
教育は非常に大事で、その後のその子の経験に大きな影響を及ぼすと考えていいだろう。
つまり、親が諸事情で直接その体験を子供にしてあげられないとしても、興味を持つように前提の知識を与えることが出来さえすれば、あとは本人が自身の力でどんどん自分の世界を広げていくというわけだ。
それは楽でいいなんて思った親のあなたは残念ながら落第だろう。
それだけ自信を持って教えられるような知識と概念を持ち合わせなければならない
という前提があって、すべてはトレードオフだからだ。
自分は不幸せな事ばかりが起こるから、きっとどこかで報われるかもしれない。これだけ不幸だったのだから幸せなことがどこかであってもいいじゃないかと嘆いたところで世界はトレードオフだ。
あなたの不幸せな分は誰かの幸せに流れていっている事を肝に銘じておかなければならないだろう。
一見関係のない話を並べたように見えるが、共通することがただ一つだけあるがわかるだろうか。
それは自分自身の力でだけそれを覆すことが出来ることだ。
家が裕福であれば成功者に近いスタートラインに立っているだけの事。
何も無ければ、真のスタートラインから成功にたどり着かなければならない事。
おっと、どこかの詐欺師からまた悟りがどうとか言われそうなのでこのあたりで今日はやめにしておこう。
別に文句を言われたところで腹など立ちはしない。
アリが道端で噛みついてきたところで、潰すことはあっても一時間も経ってしまえばすっかり忘れているだろう?
同じなんだ。
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。
※この作品は2025年11月16日にnote.comに掲載したものです。




