おじいさんは人の弱さや社会の脆弱さと向き合ってきた。

わたしがおじいさんを敬う大きな理由はそこだ。

 

 

 尊重だの人の気持ちを考えろだの、口先だけなら何とでも言えてしまう。多くは中身の無い卑しい人間の逃げ口上だろう。

 

 

 おじいさんは、そんなことをわざわざ口にしない。

軽々しく言う人間を目にしたら、きっとおじいさんは怒るだろう。

 

 

 なぜかって?
社会はそれらを前提に成り立っているからだ。

 

 最低限のルールを守るからこそ、そう簡単に殺人事件も起きない。
食糧の奪い合いさえ起ることが無い。

 

 

 刀の時代なら斬り合っていたかもしれないが、今はそんなこともない。

人間は知能の差こそあれど、最低限の理性を誰しも持っている。

 

 

 その先の話をしていかないと、いつまでたっても入口に立ったままの愚かな集団のまま、それぞれ生涯を終えていくだろう。

 

 

 

 

「今日は誰か来るのかな」

 

 いや特に何も無いようですね。
ふいに背後から尋ねられたので少しびくっとしてしまった。

 

 

「窓口には誰かいないといけないしねえ」

 

 そうですねと答える。

じゃあいいやと課長はそのまま自分のデスクへと戻っていった。

 

 

 この職業は何らかの形で、血を見ることが多い。

 

 

 金曜日の午後の時間。
あと数時間もすれば今週は特に誰も来なかったことになる。

 

 

 よかった。

 

 誰かがやらなければならない仕事とはいえ、そろそろ担当から離れたいという気持ちが心の片隅にあるのを感じつつ十数年。

 

 

 目の前にすっと小柄な女性が立っていた。
30代くらい。

 

 

 この瞬間はやはりどうも好きになれない。
仕事、そして制度だから仕方がない。

 

 

 心の中では同じ人間として説得したい気持ちでいっぱいになる。

 

 これが誰もやりたがらない大きな理由の一つ。
若い頃に何にも考えずにうっかり受けてしまってから、すっかりこの担当専門になってしまった。

 

 

 自分よりもひと回りは若く見えるその女性は、どこかで目にしたことがあるような気がしてならない。

 

 

 周囲を見渡すが女性の同僚が見当たらない。

 

 仕方が無い。
受付票をここで書いてもらう事にして、少し待つことにした。

 

 

 女性は小さく返事をすると、カウンターの脇でひっそりと記入を始める。

 

 

 必ずではないが防犯上、同性の職員が案内することになっているからだ。

 

 

 受付票を受け取って名前を見ると、記憶がよみがえってきた。
あの時の子か。

 

 

 もうあれから何年経つだろう。

 

 

 この業務に就く前の新人時代に交番勤務をしていた頃の話だ。

 

 暮れの寒い夜の公園でひとり、ベンチに座っていた女性を発見して声をかけ、そのまま保護したことがあった。

 

 

 彼女は泣いているのかうつむいて途方に暮れているように見えた。

 

 

 危ない上に何より寒い、普通でもない。

 

 

 交番で保護するも、ストーブの前でまるで抜け殻のようだった。

 

 

 すらっとした体型に顔立ちは整っているが、抱えているものが多そうでどこか近寄りがたい。

 

 

 そんな雰囲気と名前が記憶を呼び起こさせた。

 

 

 居ても立っても居られない気持ちになるが職務上、個人的な感情は抑えなければならない。

 

 

 周囲に女性同僚はまだ帰ってこないようだ。
課長に窓口に人が来たことを伝えて対応することにした。

 

 

 すべて状況は記録されることを頭に置いておかなくては。

 

 

 

 説明室に向かう途中、かつて公園でこういう人を保護したことがあると世間話のように語り掛けると、うつむいていた彼女が顔をあげる。

 

 

 「あの時のおまわりさんですか?」

 やっぱりそうだった。

 

 

 説明室に入ってからは、彼女があれから今までの簡単な事情を話してくれた。自分じゃなかったら、ここまで話してくれなかったかもしれない。

 

 

今日ほど非番じゃなくてよかったと思った日は無かった。

 

 

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年3月31日にnote.comにおいて掲載したものです。

 

 やっぱり、ゆみさんに怒られてしまった。

 

 軽くおバカと怒られるのかと思ったら、予想していたよりも本気で怒られて、青菜に塩をかけたようにしゅんとしているところだ。

 

 

 女性は、人間で唯一命を産むことができるが、場合によっては自分も、そして生まれてくる子供の人生さえどうにかしてしまう。 

 

 

 男はそこまで考えていないと思え、そう言われた。

 

 

 いつものゆみさんとは思えない。
まるで人が変わったかのようで驚いている。

 

 

 そうそう知る事の出来ない一面を持ち合わせているらしい。

 

 

 ただ、ゆみさんは引っ張らない性格の持ち主なので、怒るときは怒る、喜ぶ時は喜ぶ、甘えるときは甘えるというメリハリが効いた人でもある。

 

 

 ひとしきり怒られた後で、どうしても聞いてみたかったことがあった。
ゆみさんならどうしたのだろうかと。

 

「そうだねえ、私なら信用できる人に同行してもらえなかったら断るかな。
そんなことにも気が回らない会社なんて、後々どうなるかわからないよ。
だいたい、辞めても困らないじゃない。」

 

 

 最低給付保障制度べーしっくいんかむさまさまである。

 

「知ってるかな、まだ都心があった頃の時代ね。
お金に困った女性が夜の繁華街で立ち待ちしてたって話。」

 

 

 そんな危ないことをしてたのと尋ねる。

 

「家出した子とか、ホストに貢いで借金つくっちゃった子とか、事情は様々だったみたい。」

 

 

 めちゃくちゃじゃないか。

 

「実は私の母も危うくそういう目に遭いそうになった、というか遭ったのか、あまりはっきりしたことは知らないんだけどね。」

 

 

 えええ。

 

「ずっと死ぬまで気に病んでたみたい。
だから、女性たちがお金よりも自分の身体を優先した生き方がちゃんとできるようにならないと、親も子も死ぬまで苦しむことになっちゃう。」

 

 

 そうか、ゆみさんはその線のフリーライター、コラムニスト、だからあんなに怒ったのだとようやく理解した。

 

「今はネットがみんなの情報源だよね。
昔はテレビっていう一方通行のメディアがあったんだよ。」

 

 

 へえ、今でもラジオはある。
有事や災害時に備えたものだがその映像放送版のようだ。

 

「ネットって無料で見れる情報は、だいたい広告があるじゃない。
うちのウェブサイトだってそうだけど。」

 

 

 なるほど、やたらと広告しか目につかないものもあるのはそのせいか。
鬱陶しいので、あまりにもひどいサイトはブロックしている。

 

「あれって視聴数に応じた報酬のタイプもあるんだよね。
似たような事をテレビがやってたんだよ。
でも、テレビが先だから発祥はテレビかなあ。」

 

 

 一方的な発信なら、コンテンツの中に広告が含まれてそうで、時間が余計にかさみそうだ。

 

「だから、視聴数を稼ぐために誇張していたり、ずっと同じ話題を擦ったり、ミスリードも結構あったみたい。」

 

 情報源がそんなんなら、自分で調べる方法が無いと簡単に洗脳されてしまいそうな気がする。

 

 驚くことに、新聞などの紙媒体も同じようなものだったが、記者としてのプライドがちゃんとあった時代はまだマシだったようだ。

 

 

 ゆみさんが何を言いたいのか大体わかってきた気がした。
それは「自分の頭でちゃんと考えろ」だ。

 

 

 周囲が言うから正しい。

 

 自分が従事する上役が言うから正しい。

 

 広く支持されているから正しい。

 

 そうとは限らない。

 

 

 そして、ちゃんと交渉することだ。

 

 そう考えると、給料に依存していた昔は、さぞ厄介だったんだろうなとどうしても思えてならない。

 

 

 下手にそんな社会を受け入れたばっかりに、それらが当たり前になっていき、異を唱えようものならば村八分にされる。

 

 

 まるで先の大戦の末期、連合軍に追い込まれて物資が不足した時代の日本のようだ。

 

 

 今は、近代史もある程度履修しないと卒業資格がもらえない。

 

 

 ゆみさんは、自身のお母さんの話を、お父さんであるおじいさんがたまに話してくれたことをきっかけに今、活動をしている。

 

 だから、いろいろなことを知っている。
でも最後にこう言われた。

 

「私が言ったからって鵜呑みにしちゃだめだよ。
それはそれで、ちゃんと自分で調べて考えなさい。」

 

 

 なんでって聞こうとしたら「さっきの話聞いてた?」とまた怒られそうになったので、そういうことかと、ちゃんと理解したと伝えてなんとか抑えてもらった。

 

 ここまでゆみさんに叱られるという事は、
おじいさんにも叱られかねない。

 

 

 時計を見ると午後4時を回ったあたりで、カラスがそろそろ夜が来ることを伝えるかのように鳴いている。

 

 

 どうする?うちで晩ご飯食べてく?と聞かれたが、今日は遠慮しておいた方が良いだろう。

 

 これ以上は私がもたない。

 

 ゆみさんにニヤッとされたので、わたしの考えていることはどうやらお見通しのようだ。

 

「私は手伝ってくれると嬉しいけどなあ。」

 

 話を聴いてくれたおかげで心は軽くなった。
そのお礼を告げると、おじいさんから叱られることはもう間違いなさそうなので、別日にしてもらおう。

 

 

 まだ具合が本調子ではないから、もう帰って寝るねと伝えると、わかったと了承してくれた。

 

 帰り際にありがとうと伝えるのを、わたしは忘れなかった。

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

※この作品は2024年3月30日にnote.comに掲載したものです

 

 「あり得ない日常」というフィクションをアメブロにて投稿しておりますが、たまに鋭いコメントや質問を頂くことがあります。

 

 本当にしっかり世界を読んでくださっているんだなと嬉しく思うばかりです。

 

 ありがとうございます!

 

 

 コメントの返信にて解説を入れていますので、ぜひご覧いただくとよりお楽しみいただけるかもしれません。

 

 【業務連絡?#1】

 現在、ピグにて☆をたくさんいただいております。

ありがとうございます!

 

 お返しをしたいのですが、何分一日の個数制限があるため、お返ししきれません。

申し訳ありません。

 

 日が改まればお返しさせていただいておりますが、それでも全然足りません💦

あらかじめご了承くださいませ。

 

 【業務連絡?#2】

 ピグ友申請もたくさんありがとうございます!

可能な限りOKしておりますが、量が量だけにおしゃべりはかなり大変な負担になっておりますので、控えさせていただくことを、ここでお断りさせていただきます。

 

 申し訳ありませんが、ご理解いただけますと嬉しいです!

 

 【御礼】

 いつも読んでくださってありがとうございます!

今後とも応援いただけますと幸いです!

どうぞよろしくお願いいたします!

 

 

 

 彼らを逮捕したと警察から連絡が入った。

 

 

 無力な女性を犯す卑劣な行為が許されないのはいつどんな時代でも同じ。

警察からは、良いと言うまで会社関係者と接触をしないようにと言われている。

 

 

 社長は悪くない。
でも、そんな環境を放置した責任が問われている。

 

 自宅でシャワーを浴びながら、やりきれない思い。

 

 

 ネットニュースでも報じられているようだ。

 

 確か社長は上場に取り組んでいると言っていた。
そんなときに。

 

 

 もし、わたしがあそこに行かなかったなら。

 

 

 いや、それはまた誰かが傷つくことになっていたはずだ。
わたしだってあの時、傘が無ければこの身はわからなかった。

 

 

 あのまま本当にそういう目に遭っていたら?
今のままの自分なら生き続ける自信はないな。

 

 

 長い髪を乾かしつつ、あの時のことを思い返せば、改めて気持ち悪い人間の巣窟だったなと身震いする。

 

 

 会社の指示や命令だから唯々諾々いいだくだくと、何も考えずに行動するのは間違いなく辞めた方が良いだろう。

 

 

 そういう意味では、妊娠しない男性の方が向いている。

 

 

 給料に依存するしかない社会に生きていたらなら、
どうしただろうか。

 

 

 生活を人質に取られて、逆らえない事を計算済みで、ああやる輩がいるとも限らない。

 

 

 ああもう、男とはそんなのばっかりなのか。

 

 寝ている間に見た誰かの現実だってそうだった。
こんなことになってしか思い出せなかったとは。

 

 

 外に出て気分を変えたいが、とてもそんな気分じゃないという自分もどこかにいて、もやもやする。

 

 

 携帯端末けいたいの画面も見たくない。

お隣りのゆみさん・・・・は今いるかなあ。
 

 誰かに話を聞いてもらえばいいかもしれない。

 

 

 一旦、いるかどうかだけチャットできいてみよう。
出かけていて留守にしている可能性の方が高いさ。

 

 おじいさんもおそらく一緒だし、そんな中にいきなり訪ねて、こんな話はさすがにしにくいよなあ。

 

 

 ニュースで報じられている被害者の一人がわたしだという切り出しから始めないといけない話なんてさ。

 

 

 うーん。
 

 誰かに相談したい。
家族なんかいないから。

 

 

 ふと社長の自宅にお邪魔した時の空気を思い出して、いいなあという声が漏れる。

 

 

 5歳という事はそろそろお勉強を始めているだろう。
ひらがなかな、算数かな。

 

 

 社長の事だから、息子さんの給付金は全部それぞれ積み立ててるだろうなあ。そういう思いで会社を始めようとしたのかもしれない。

 

 

 そんな会社の中に、寄生虫のように巣くっていたあいつらがだんだん許せなくなってきた。

 

 

 人間とはこうも個体によって極端な差があるものなのか。

 

 刑事さんから、彼らの処罰をどのくらい望みますかと聞かれている。
これに返事をしないといけない。

 

 

 わたしに対しては未遂だったとはいえ、すでに被害者になった方も解っているだけで3人はいるらしい。

 

 

 これはネットのニュースでも明らかにされている事だ。

 

 事の重大さがわかるだろう。

 

 

 わたしにしようとしていたことを考えると、絶対に許せない。
そう文字にして返信しておいた。

 

 

 男性は本能なのだろうか。
およそそのことに関しては理性が無い気がする。

 

 

 社長も男性だが、とてもそんな風には見えない。

 

 人としての格の違いなのか。

 

 

 ゆみさんならフリーライターだから、きっとこのもやもやに応えられるなにかを持ち合わせているかもしれない。

 

 

 ああ、でも最初におバカって怒られそうだなあ。

 

 なぜかって?
何の疑問も持たずに一人で行ったからだ。

 

 冷静に考えれば、そういう目にわざわざ遭いに行ったようなように思えなくもない。

 

 

 いやいやいや、そこは会社が配慮を。
そこまで考えたところで疑問が浮かぶ。

 

 

 社長がわたしを行かせたわけじゃなさそうだった。
だって、一言目は「よくひとりで行ったね」だったからだ。

 

 

 じゃあ一体誰が。

 

 よほど配慮に欠ける人か、新人か。

 

 社長は全部をできないと言っていたのでそのあたりだろう。

 

 

 あの証拠動画によると、会社はいいホテルを取ってくれていたらしい。

 

 くー、なんてことをしてくれる。
え、じゃあわたしが入ったあのホテルで、もしかしたらあの部屋で何人もの女性が傷をつけられたという事か。

 

 

 想像すると、急に背筋がゾッとなった。
いままでの何の罪もない人たちの無念があそこに。

 

 

 居心地が悪いと思ったのは、もしかしてそう言う事かと、全身が脱力していく。なんと恐ろしい。

 

 

 クッションに頭を突っ込んでいると、ゆみさんから返信が来たようだ。

 

「めずらしいね。
いま家にいるよ。来る?」

 

 行きたい
 

 おじいさんは元気?と尋ねてみる。

 

 

「元気に散歩してるよ。
友達の家だから、夕方じゃないかなあ。」

 

 

 毎日散歩をしていると、友達ができるのか。

 

 

 奥さんを亡くして以来、家の中にいるのが寂しいのか、気持ちはわからないが、そう思えるくらいに、おじいさんは散歩が好きなのだ。

 

 

 おじいさんは孫のようにわたしを気遣ってくれるから好きだ。

 

 そういえばおじいさんも元警察官だったな。
だったら、一緒に話を聞いてくれるのもいいかもしれない。

 

 

 湯冷めしないように少し着込んで、靴を履いた。

 

 

 

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。架空の創作物語です。

 

※この作品は2024年3月29日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 女性の刑事さんに問われる。
「以上の内容で間違いないですか。」

 

 

 わたしは、たしかに会社の業務としてあの古い拠点へひとりで赴いた。
数か月という予定で。

 

 

 しかし、まるで子供のような言いがかりからちょっとした騒ぎになり、社長には後の事は気にしなくていいと言われて、すっかり片がついたと思っていたところだった。

 

 

 目の前に供述調書がまとめてあるが、記憶のとおりで間違いない。

 

 ただ、それは全体の一部だ。

 

 

 生まれて初めて警察署の取調室にいる。まるでドラマのワンシーンのようだが、紛れもなく現実だ。

 

 

 まさか自分が、そんな部屋に入るとは思ってもみなかったので、ついキョロキョロしてしまう。

 

 

 薄暗い6畳ほどの部屋。

 

 片隅にある事務テーブル。

 

 そして、机を挟んで向かい合う二脚のパイプ椅子。

 

 やや小さめの窓には鉄格子まである。

 

 

 はあと思わずため息がこぼれる。
白熱電球のデスクライトは残念ながらなかった。

 

「今まで、来たことないですよね。」

 

 

 刑事さんにふと尋ねられて我を思い出し、無いですとやや興奮気味に答えると、ちょっと恥ずかしくなって、あっと声が出てしまった。

 

 くすくすと刑事さんに笑われてしまった。
今、わたしの顔はさぞ赤くなっているだろう。

 

 

 恥ついでに聞いてみるか。
あの、と切り出すと。

 

「出ませんよ、カツ丼。
あれはドラマの演出ですから、よく聞かれます。」

 

 出ないのかあ。

 

 ちょっとがっかりしているところも見抜かれているらしく、また笑われてしまった。

 

 

 刑事さん、おそるべし。

 

 

可愛かわいらしいですね。
気をつけないとだめですよ。」

 

 

 ちょっとした観光気分と、こう言われてしまってはさすがのわたしも、そんなそんななんて言いながら、上機嫌になったのもつかの間、この後見せられた映像と音声に背筋が凍りついた。

 

 

『へえ、ずいぶん若いんですね』
 

『なんでも拠点持ちになるそうですよ』
 

『そんなベテランに見えないけどなあ』
 

『ありました、まだ1年経ってないですね』
 

『んなバカなわけあるか』
 

『いや、ほんとですって』
 

『・・生意気だなあ。』

 

『内報にも動画ありますよ』
 

『へえ、かわいいじゃん』
 

『あれ?お前もしかしてタイプ?』
 

『いや、タイプも何も結構かわいいでしょ』
 

『所長も好きでしょ、こういうー』

 

『あんまり大きな声出すなよ、拾われてるかもしれんぞ』
 

『あれマイクついてんすか?』
 

『念のためだ念のためー』

 

『数か月、結構いるみたいですね』
 

『マジかよ、やべえドキドキしてきた』
 

『どうっすか、最初弱み握っちゃえば』
 

『いいねいいね』
 

『思いっきりやっちゃえば、誰にも言えなくなりますよ』
 

『かわいそうに』
 

『心から思ってないっしょ』
 

『ぎゃはははわかる?』

 

『ホテル市内の良いやつですね』
 

『あーそこだとカメラすごいから変更しといて、いつものとこ』
 

『そうこなくっちゃあ』

 

『なあんでうちに来るんですかね』
 

『知らん』
 

『ひとりで来るんすか?』
 

『部屋ひとりしか予約取られてなかったからそうだろ』
 

『マジかよ』
 

『ナイトくんついてきたらどうしますー?』
 

『バカ、そんときゃできるわけねえだろ』

 

『あー、一人でこいよー頼むから』

 

『おーいそろそろじゃないかー』
 

『きたきた、雨やんでるから顔バッチリ』
 

『所長ー』

 

『オレもう年だからさー、
おまえらわかってんだろうなー』
 

『わかってますって、お願いします』
 

『じゃ、ちょっとお迎えに上がってくるわ』

 

 

 

 あの、これって?と刑事さんに尋ねる。

 

「あーわかんないですよね。
こいつらレイプ犯なんですよ。」

 

 

 いや、ずいぶん昔に飛んだ時、大学生の彼の子を。
わたしはそういえば。

 

 

 混乱してきた。

 

「落ち着いて、深呼吸してね。」
女性の刑事さんが背中をさすってくれる。

 

 

 出してくれたお茶をゆっくり飲んだところで、落ち着く。
どういうことか教えてもらってもいいですか?と尋ねる。

 

 

 刑事さんが教えてくれた。

 

 

 あれから取締役と引き継ぎチームがあのビルに入り、あらゆるものを調べたそうだ。

 

 

 過去にも女性が数名訪れたことがあったが、ほどなくして一身上の都合で皆、辞めていた。

 

 

 手続きや書類上になんら不自然な点は無く、監視カメラの映像からも特に不審な点は見られなかったため、注目されることは無かったそうだ。

 

 

 しかし、今回は違った。

 

 あの時、傘を持っていて本当に良かったと思った。

 

 

 そこから芋づる式に解析を進めると、隠語こそ使ってはいない、だがそういう計画、目的の会話だったという前提に立てば、自ずとすべてが明らかになった。

 

 

 今、過去の記録から警察がそれぞれ被害者に事情を聴いている。

 

「映像の会話だけでは、うーん、わからないでしょうね。」

 

「なんちゅうやつらだ。」

 

「おたくの会社が血相変えて持ちこんだんですよ。
防げなかったとは完全には言い切れませんが、言葉が出ませんな。」

 

 

 映像の会話が文字起こしされ、
供述調書として今わたしの目の前にある。

 

 

 わたしはペンを取り、サインをした。

 

 

 

※この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がありません。

架空の創作物語です。

※この作品はnote.comにて2024年3月28日に掲載したものです