「そうか、それでその先はどうだったんだい?」

 

 

 いろいろなパターンがあったと思うが、そう大して変わらない。
覚えている限りはこうだ。

 

 

  • 後に先輩から疎まれて退社に追い込まれる

  • 急な腹痛でトイレから出られなくなったことにする

  • 結局元に戻り、先輩らのいいように扱われる

  • 先輩含む女子会員から疎まれ、嵌められ、男性のいいように扱われる

  • 会社ごとすっぱり辞めて引っ越し、新たな人生となる

 

 

 

 そう思い出しながら順に話すと、しばしの沈黙となる。

 

 

「それはまた、ずいぶんな目に遭ったんだね。」

 

 

 こうは言ってくれるが、おそらく本気にはしていないだろうとどこかで「まあそんなもんさ」と考えている自分がいる。

 

 

 

 そういえば、と思わず切り出した。

 

 

 足元にからみついたビニール袋をちゃんとコンビニのゴミ箱に捨てるか捨てないかで展開が変化したことだ。

 

 

 あれは汚かった。

 

 

 あまりの状態にコンビニに入るや否やトイレに駆け込んだために、そのまま店を去るわけにもいかず、本当は必要のないペットボトルのお茶を買って出たほどだ。

 

 

 百円でもおしいくらいに切羽詰まっていたくせに。

 

 

 

「おお、そうなんだ。どう変化したのかな?」

 

 

 それは、と言葉を濁す。

 

 

 一言でいえば世界が滅亡していた。

 

 

 

 またしばしの沈黙が流れる。

 

 

 

 ああ、それでも完全に滅亡したわけではなく、ギリギリ生き残っている人たちが過去の遺産を頼りにたくましく生きていた。

 

 

 

「滅亡ってすごいなと思って言葉が出なかったよ。滅亡するかしないかという変化なのかい?」

 

 

 

 そうではない。
どちらにせよ、世界はさらに多くの水で満たされる。

 

 

 二酸化炭素がと言うが、世界の活火山を含めた自然が排出する量に比べて人類が排出するそれはごくわずかである。

 

 

 ただし、人間の経済活動で気候変動が起こっていないとは言い切れない。

 

 

 要因はひとつ、地球が永い年月をかけて蓄積、深い地中に圧縮封印した化石資源を大気に放つ、また厄介な物質を利用し続けた結果といえるだろう。

 

 

 しかし、自分自身もその恩恵にあずかってこうして便利に生活しているわけなので文句など言えるわけがない。

 

 

 

 したがって、あの光景が真実のものとなるのであれば、おそらく避けることはできないだろう。

 

 

 そこまでなんとか考えを巡らせたところで、だいぶ疲れたようだ。

 

 

 それを察した先生がもう帰って休むよう言ってくれる。

 

 

 

「今日はこの辺にしておこうか。」

 

 

 はい。

 

 

 

 そういえば、あの世界に生きる幼馴染はその後どうなるのだろうか。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年8月17日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

「ねえ、あれも片づけておいてくれない?」

 

 

 あ、はい!

 

 

 例のセミナーが終わり、レンタル会議室の会場に備え付けのパイプ椅子と折り畳み式のテーブルをスタッフという名の新人会員で片づけているところ、先輩からそう声を掛けれられた。

 

 

 週末の金曜の夜、時計を見ると23時を過ぎている。

 

 

 バスはもう間に合わないから、せめて地下鉄の終電に間に合えば歩いて帰らずに済みそうなのだが。

 

 

 別に会社の仕事ではなく、あくまでプライベートの時間、しかもまだ収入は全くないが副業という位置づけで活動をしているため、このまま帰っても文句は言われないはずだ。

 

 

 ただ、会社の先輩がまだ帰らないのに私だけ帰るわけにもいかない。

 

 

 「終電大丈夫?間に合わないなら送るよ?」

 

 

 まるで大学のサークル時代を思い起こさせるが、どういうわけかこのビジネスメンバーにはイケメンが多い。

 

 

 そして、これは本当にビジネスと言えるのかどうか疑問に思えてきた。

 

 

 が、セミナー中もうっかり寝てしまいそうなくらいには体力に限界が来ているという中、しっかりとその疑問に向き合えそうもない。

 

 

 救いなのは、終電に間に合わなくても歩いて20分ほどで一人暮らしの自宅にはたどり着けるという点だ。

 

 

 先輩は今日も、どうやら自分の家には帰るつもりはないらしい。

 

 

 片づけるように言われたホワイトボードの文字を消す作業に入る。

 

 

 そんなに時間はかからないだろう。

 

 

 ちょっと大きめの子たちに紛れつつ、トイレへと向かう。
先輩の視線は無い。

 

 

 今だ。

 

 

 

 繁華街から一本外れた大通りを歩いて帰る。
地下鉄に乗るのも結局はあきらめた。

 

 

 定期券の範囲を越えているからだ。

 

 

 幸い車通りも多いし、橋を渡った先にはコンビニの明かりが実に心強い。

 

 

 

 どうやったらこの無償の労働が報われるのか。

 

 

 それは、誰かを紹介して加入させればいい。
そして、辞めさせない。

 

 

 そうすると、その人が紹介してくれた人の月額会費からも収入として私の手元に割合で入ってくる。

 

 

 つまり、加入してくれて、辞めないでいてくれて、かつ誰かをどんどん加入させてくれる人を入会させればいいわけだ。

 

 

 

 ビジネスってなんだっけ。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年8月10日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 

 ビルの合間、吹き込む風に目を細める。

 

 

 足元へ飛びかかってきたレジ袋に「汚い」と身をかわそうとするものの、付着していた黒い液体もろともストッキングから下で受け止めることになってしまった。

 

 

 ああもう最悪だ。

 

 

 なぜこうもモラルが無いんだか。
このゴミを放置した人物は誰だか知らないが、はっきり言ってやりたい。

 

 

 くそったれが。

 

 

 整然とビルが立ち並ぶこのオフィス街と繁華街が混ざったような地区は、一定の距離ごとにコンビニエンスストアがあって、少なくともお手洗いには困らない。

 

 

 このまま帰りたいところだが、職場の先輩から紹介されたセミナー会場が私を待っている。

 

 

 9時17時の事務職あがり、それも金曜日の夜だ。

 

 

 飲料コーナーの上にある壁掛け時計に目をやると時間は18時を過ぎた。開始は20時なのでまだ時間はある。

 

 

 きちんと言われた仕事はこなし、他人に迷惑をかけていないつもりだが、給料は月に16万くらい。

 

 

 そこから諸々が天引きされて、手元に残るのは13万円弱。

 

 

 家賃で半分が消えるので、なかなかギリギリのヒリヒリした生活をいつまで続けられるか不安に思っている。

 

 

 なので、新しいストッキングをここで買うわけにはいかない。

 

 

 最悪、生足で会場へ赴くことも可能だが、男性の目線が気になるのでなんとかしたいところだ。

 

 

 自意識過剰かもしれないが、身を守るためにも最大限努力はした方が良いだろう。

 

 

 セミナー会場には早めに入る必要がある。

 

 

 このビジネスに誘われた時、副業として努力をすれば少しどころか、もしかしたら会社を辞めることができるかもしれない、そんな収入が見込めそうだと思った。

 

 

 本当に辞めるかどうかは別にして、今できるだけ若いうちに頑張っておけば、きっと将来報われるだろう。

 

 

 ただただ、その一心だ。

 

 

 

 今日、先輩は別の人と同行するらしいので、私はこうして一人で会場に向かっているという訳だ。

 

 

 50人くらい入れるレンタル会議室なので、到着次第備え付けのテーブルやパイプ椅子を並べて、設営を行う。

 

 

 もちろん私一人では無いので、協力する。

 

 

 そのあとはいつものように、受付の役割りをこなすだけだ。

 

 

 

 私はまだ加入したばかりなので、周囲から教わりつつ、このビジネスのやり方を学ばなくちゃならない。

 

 

 会費は月に5千円程度と、怪しい商売とは違うと思えるところが気に入っている。

 

 

 あとは私自身の頑張り次第だ。

 

 

 ただ、いくら副業が認められているとはいえ、会社に公になってしまうのはちょっと困る気がする。

 

 

 まあ、先輩の紹介だと言えばいい。

 

 

 設営や運営を手伝っていると人脈も増える上に、セミナーの内容は無料で聞き放題なので、体力的には大変だが、なんだか得した気分になる。

 

 

 先輩はもうある程度の収入が得られているらしい。

 

 

 私も早くそうならないと。
なんだか身が持ちそうにない気がする。

 

 

 

 脛のあたりにべったりついた汚れは、どうやら何かのソースらしい。

 

 

 カラスが散らかしたものかもしれないから、仕方がないといえば無いかもしれない。

 

 

 こんなゴミだらけの世界。
どうなってしまうんだろう。

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体は一切関係がありません。

 

※この作品は2024年8月3日にnote.comに掲載したものです。

 

「…なので、地球は空気の無い真空の宇宙空間に天体として存在しているというわけだ。」

 

 

 外での活動と違い、こうして座学に勤しむことになったのは、シェルターに常駐する技術者になりたいからだ。

 

 

 壇上で講義をする彼も技術者の一人で、主に地球を取り巻く大気の状況を分析したり、予測したりしている。

 

 

 年齢にして30歳半ばくらいだろう、おそらく18歳の僕からしてみれば、存在がとても大きく見える。

 

 

 

「――大気中に存在するプラスチック粒子の量は、とても計り知れない量だ。これは電気を帯びやすいので―」

 

 

 

 かつての文明は、地中深くからエネルギーとして化石燃料を取り出し、利用してきた。

 

 

 さらには、加工しやすく水にも溶けない物質として都合が良いプラスチックを産み出したわけだ。

 

 

 ただ、それを自然分解できる微生物は存在しない。

 

 

 人工的に作る事も試みられたらしいが、自然界に放出して生態系に影響が出ることを恐れ、実現には至らなかった。

 

 

 

 結果、紫外線でボロボロになったプラスチックは、目視できないほどの細かい粒子に崩壊し、風が吹けば舞い上がり、気流に乗って地球を巡り巡る存在に成り果てた。

 

 

 

 呼吸をし、空気中から酸素を取り込まないと窒息して死んでしまう人間を含めた生き物たちにとっては致命的となり、今や自然に生きている生物はほぼいないという。

 

 

 

「燃焼反応は君たちにも身近な、つまるところ火だ。」

 

 

 この中で太陽を見たことがある人間はいるのだろうか。

 

 

 もっと南に行けば雨が降らないが雲の無い土地が広がっているという。
どんな場所なのか見てみたいものだ。

 

 

 

「物質が燃えると水と二酸化炭素が出る。かつて、二酸化炭素が主な問題として取り組んだと史実にはあるが、本当に問題だったのはむしろ水だった。」

 

 

 そう、その水こそが、晴れることの無いどこまでも続く雲となった。

 

 

 何億年と自然が地中に圧縮して貯えた炭化物を、エネルギーや加工品として、人類がどんどん掘り返してしまったわけだ。

 

 

 

「――地球は太陽の周りを周回し、かつ自転している。したがって、空が明るくなったり暗くなったりする。雲の向こうに太陽がある日中と、それ以外の時間が夜にあたる。」

 

 

 

 こうして講義を聞いているのは、僕だけではない。今は8名ほどが技術者となるべく取り組んでいる。

 

 

 試験を受けて合格すれば晴れて見習いとしてシェルターにとどまることが許されるが、そうでなければまた外地での生活に後戻りとなる。

 

 

 集団生活を窮屈に思うのであれば、外地で気ままに、ただはぐれものとして生きていくのもいいだろう。

 

 

 子供の頃に気象観測所の資料に興味を示し、数々の資料に触れてきた僕は、知識を、そして技術を手にしたい。

 

 

 

「いいか、空気は冷たいところから温かいところへ移動しようとする性質がある。地球は丸く、側面から太陽の光を浴びるために、北極や南極よりも赤道付近の気圧が高くなるわけだ――」

 

 

 

「――つまり、今我々を悩ませている大気中の水分、雲やプラスチック粒子は北極や南極に少しずつだが蓄積していると考えていい。」

 

 

 ということは、プラスチック粒子を含む氷が北極や南極に貯まり、ついには地球の大気中から徐々にそれらは減っていくと考えていいのだろうか。

 

 

 思わず質問する。

 

 

「そうだな。そう考えていいだろう。」

 

 

 どうやら、過酷な環境はいずれ終わるという希望はあるらしい。

 

 

「ただ、とんでもなく時間がかかるだろうな。」

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年7月27日にnote.comに掲載したものです。

 

 

 シェルターで3日間過ごすと、元の生活環境には戻りたくなくなる。

 

 

 地中にあるこの空間は外気の影響を受けにくく、地熱の温かさもあって実に過ごしやすい。

 

 

 それだけではなく、かつての文明が残してくれたものなだけあって、人間の生活環境に対する配慮が行き届いている。

 

 

 蛇口をひねればきれいな水が出るし、温度調節まで可能。トイレも臭いや周囲を気にすることなく清潔に済ませることが可能。

 

 

 こんな場所は今やこのシェルターくらいしか存在しないだろう。

 

 

 書物では、海の底に沈んだと思われる地平線まで続くような広い平地があって、人々は思い思いに好きな家を建てて住んでいたらしい。

 

 

 そうできたということは、それぞれの家にこのシェルターのようなインフラが行き届いていることが前提の世界だったということだろう。

 

 

 とても信じられない事だ。

 

 

 なるほど、そう活発に資源が人間社会に利用されていたと考えると、今空気に、地中に舞い続ける細かいプラスチックの粒子がとんでもなく膨大なのも納得がいく。

 

 

 集められた資料に夢中になっていると、あっという間に滞在期間を満たしてしまうのだった。

 

 

 

「あ、いたいた」

 

 

 やっぱりといった顔で声をかけてきたのはユカだ。

 

 

「好きだねえ。」

 

 

 まあな。

 

 

「明日出発だね。早かったなあ。」

 

 

 もうちょっと居たいよな。

 

 

「しょうがないよね、次の人達も待ってるから。」

 

 

 また元の生活に戻るのはなんか気が重いよな。

 

 

「ねえ。」

 

 

 なんとか滞在期間を延ばす術はないものかと、小さい頃なんかはよく駄々こねておじさんたちを困らせたっけ。

 

 

「はは、そんなこともあったねえ。」

 

 

 さすがにやらないだけで今でもそんな気持ち、ちょっとはあるよなあ。

 

 

「わかる」

 

 

 

 二人してしばらく沈黙が続く。

 

 

 遠くからの反響音が、大きな空間に人々が賑やかに、ここだけは寂しさなどとは無縁の世界だと思わせてくれる。

 

 

「ね、見てよ。北の人達が編んだんだって、かわいいでしょ。」

 

 

 おお、織物か。いいじゃん。

 

 

 繊維を集めて編み込んだ布のようだが少し厚い。
ふわっとしていてどうやら動物の毛のようだ。

 

 

 毛の色も特徴があって、模様のように活かされている。

 

 

 これは見た目だけではなく、温かくてシェルターを出た後の生活で重宝しそうだ。

 

 

 どうしたの?と聞くと、ふふんと得意げに笑う。

 

 

「贈り物だってさ、わたしに。」

 

 

 へえ、誰からだろう。

 

 

「わたしも大人のレディですからねえ。」

 

 

 そうなんだ。

 

 

「なによー」

 

 

 肩をぺしぺし叩かれ、痛い痛い、なるほどその力は確かに子供じゃ出せないよななんてからかう。

 

 

 

「そういえば、何読んでたの?」

 

 

 昔の人達がそれぞれ家を建ててたって資料があってさ。

 

 

「へええ、どんなんだったんだろうね。」

 

 

 人間にとってずいぶん住みやすい環境だったみたいだね。

 

 

「…そっか。」

 

 

 見る?

 

 

「んー。いいや。」

 

 

 

 なんとも言えない、ちょっとした間が空く。

 

 

「そうだ、明日出発だから使ったところを掃除しとかなきゃね。」

 

 

 思い出したかのようにくるりと部屋に向かうユカの背中は、なんだか怒っているように見えた気がした。

 

 

 

※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在する人物や団体とは一切関係がありません。

 

※この作品は2024年7月20日にnote.comに掲載したものです。