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☆よさこいで日本に笑顔を☆

新規リニューアル☆

よさこい、津軽三味線、日々の出来事を書いちゃいます!

日々成長するために、1日の中で学んだことをしっかり書き込む…かも…(笑)

精神状態に関しては安定してきたのか、認知行動療法の効果がいいのか自分に害をなさないが、無視できないイライラ(マナー違反)とかは軽減することができている。

しかし、前ほどの活気は無くなってきてしまっている。学校が春休みで職場では毎日残業の日々。強制でわなく、みずからやりたいこ事柄や教育をさせてもらっている。しかし、家での活気はほとんどなく、部屋にいればぐーたらしてしまい、ちょっとしてことでも面倒に思えてしまい横になったまま就寝に至る日々が度々・・・。どうにかしなきゃと考えてやる気を出しても実行に移せない…。
薬の量を増やしてもらって無意識に働ける能力を開拓していかないとダメなのかな…。

少し先の未来にさえビクビクしていて今後どうなるかがわからなくて、たまにパニックになる
投薬治療が開始されると共に、自分なりに行ってきた認知行動療法。と、いっても断片的に行って、オリジナル化されているが…。
具体的に行って楽になったのが「認知療法」の方。
人は「出来事」が起きて、「自動思考」というものが生まれ、そこから感情が出てくるそうな。(簡単にいうと)

駅の構内で逆走し、見境なくぶつかっている人を見たり、ぶつかられたりすると
「ふざけんな!」とか「むかつく!」
と思い、そこから怒りの感情が湧く。
認知療法はその自動思考をいじって、感情のコントロールをはかろうっているもの(たぶん…。)
そこで、上記の自動思考が浮かんだと同時に、「なぜあの人は走っていたのか」と考えてみると、「朝寝坊をして遅刻しそうになったのかもしれない」とか、「実はトイレを我慢してて、もう瀬戸際だったのかもしれない」とかいくつか例を挙げてみると…あら不思議!!怒りどころか「クスッ!」と笑ってしまうくらいになる。

こんな風に色々なストレスに回避できるようになって初めて気が付いたことがある。
それは「自己を中心的に見ていた」こと。
以前「ニーチェ」に関わる簡単な本の中で「超人類」という話を読んだことがある。
確か、一つの物事に対して360°からの視点で見れる人というもの(記憶が混在してるかも)

ようは、一つの物事に対して自分の価値観だけで見ず、色んな角度から見て、色んな価値観を考えるという事。
例えば「人殺し」。普通はやってはいけないこと、犯罪など、悪のイメージがある。しかし、宗教や民族の違いでは善のイメージがある。これが価値観の違い。

そう考えると、ぶつかられた本人だけの思考で物事を解決してはいけない。ぶつかった本人はもしかしたら悪気があってぶつかったのではないかもしれないからだ。

うーん…。何を書きたかったのかいまいちわからなくなってしまった。


要は、一人よがりな考え方で無駄なストレスを感じるな!ってこと☆

おしまい!
さっき久しぶりに泣いた…。
発症初日の様なわけもわからず発作的に涙が出てきて号泣してしまう。
何か理由があるわけでもないのに…。

職場では気を使われているが、逆に僕にしかできない仕事をやろうと最近思っている。その姿勢が効したのか、主任から体操プログラムのマニュアル化と冊子の作成を頼まれた。
元はあるのだが、職員がただ単に運動プログラムを遂行しているにすぎないマニュアルなため、こうの運動はなぜ行って、どこの筋肉と関節に働きかけているのかまで説明したものをと。

学校ではとある先生にうつ病を告白。しかし、さすが現役のPT!既に知られていた笑
いろんなアドバイスと相談に乗ってくれるとのこと☆

心配事は社会的不安だけかと思いきや、やはり家族の問題がネックになっているらしい。
今日帰ってきて、母親と様々な話をしていたが、感情はこもっていないし、「否定」するような発言を多くされる。それ以上何も聞きたくなくて、質問されたことにも短的に会話を流して早く居なくなりたい始末。

十何年も確執のあった父親にお互い歩み寄ろうと考え始めた矢先にそれはないよ…。
こ家から早く出ていきたいって思ってしまったが、卒業するまでは出れないだろう…。