投薬治療が開始されると共に、自分なりに行ってきた認知行動療法。と、いっても断片的に行って、オリジナル化されているが…。
具体的に行って楽になったのが「認知療法」の方。
人は「出来事」が起きて、「自動思考」というものが生まれ、そこから感情が出てくるそうな。(簡単にいうと)
駅の構内で逆走し、見境なくぶつかっている人を見たり、ぶつかられたりすると
「ふざけんな!」とか「むかつく!」
と思い、そこから怒りの感情が湧く。
認知療法はその自動思考をいじって、感情のコントロールをはかろうっているもの(たぶん…。)
そこで、上記の自動思考が浮かんだと同時に、「なぜあの人は走っていたのか」と考えてみると、「朝寝坊をして遅刻しそうになったのかもしれない」とか、「実はトイレを我慢してて、もう瀬戸際だったのかもしれない」とかいくつか例を挙げてみると…あら不思議!!怒りどころか「クスッ!」と笑ってしまうくらいになる。
こんな風に色々なストレスに回避できるようになって初めて気が付いたことがある。
それは「自己を中心的に見ていた」こと。
以前「ニーチェ」に関わる簡単な本の中で「超人類」という話を読んだことがある。
確か、一つの物事に対して360°からの視点で見れる人というもの(記憶が混在してるかも)
ようは、一つの物事に対して自分の価値観だけで見ず、色んな角度から見て、色んな価値観を考えるという事。
例えば「人殺し」。普通はやってはいけないこと、犯罪など、悪のイメージがある。しかし、宗教や民族の違いでは善のイメージがある。これが価値観の違い。
そう考えると、ぶつかられた本人だけの思考で物事を解決してはいけない。ぶつかった本人はもしかしたら悪気があってぶつかったのではないかもしれないからだ。
うーん…。何を書きたかったのかいまいちわからなくなってしまった。
要は、一人よがりな考え方で無駄なストレスを感じるな!ってこと☆
おしまい!