がんの自然退縮(4) | 松野哲也の「がんは誰が治すのか」

松野哲也の「がんは誰が治すのか」

治癒のしくみと 脳の働き

がんの自然退縮[4]

 

 

ヒトがん細胞に特異抗原はあるか

 

 がん免疫のセントラルドグマは、がん細胞には正常細胞にはなくて、がん細胞だけにあるような特異抗原が存在するということである。

 

 北大教授だった故・平井秀松先生は、がん細胞に対する免疫血清をつくり、これを正常細胞で吸収すればがん特異的抗血清が得られると考えました。

 ところが得られた抗血清はがん細胞に寄生した原虫と反応しただけだったのです。

 同じようなことは東大名誉教授のY博士もかつて留学先のドイツで経験したことがあります。

 

 通常のイムノグロブリン(免疫グロブリン)G抗体レベルの実験で抗ガン特異的抗原を得るのは所詮無理だったとしか言いようがありません。

 

 

  しかし、がん細胞が宿主免疫系に認識され、排除の標的となりうる抗原は次のようなものとして存在することが考えられるのです。あるものはモノクローナル抗体によって検出されています。

 

①  遺伝子突然変異に基づく新抗原。発がん過程で宿主細胞のDNA部分に突然変異が起こり、その1次的あるいは2次的産物が細胞表面に発現される。

 

②  ウイルス関連抗原。腫瘍ウイルス感染によってがん化する際、がん細胞表面にウイルス関連抗原が検出される。

 

③  がん遺伝子産物。がん遺伝子は正常細胞にも存在するが、がん細胞のがん遺伝子にはpoint mutationのような変異が報告されており、わずかではあるが正常細胞における相同遺伝子とは異なる。その1次産物、2次産物ががん抗原として宿主に認識される可能性がある。

 

④  イディオタイプ特異抗原。B細胞腫瘍におけるイディオタイプ(idiotype)、T細胞腫瘍におけるクロノタイプ(clonotype)のように本質的には正常エピトープであって、一部の細胞にだけ表現される構造。

 

⑤  熱ショックタンパク質(hsp)のあるもの。がん化によりある種のhspが増加し、細胞表面に発現することがある。また実験特異的に追及された腫瘍特異的抗原を検討すると、hsp 90 ファミリーに属するタンパク質であったという報告もあります。その類似体はヒトがん細胞でも認められています。キラーT細胞に属する皮膚の樹枝状T細胞はある種のhsp抗原を認識するそうです。

 

⑥  糖鎖抗原。細胞のがん化に伴い糖鎖抗原の合成経路に障害が生じ、中間産物にあたる糖鎖抗原が合成されたりする。新規合成には胎生期における合成経路が復活したり、その患者に本来存在しない抗原、例えば血液型物質が出現したりする。

  渡辺淳一『野わけ』は京都駅まで迎えに行った主人公の恋人があるがん患者の血液型が変ったことを学会で報告したという記載で始まります。