松野哲也の「がんは誰が治すのか」

松野哲也の「がんは誰が治すのか」

治癒のしくみと 脳の働き

松野哲也


1942年横浜市生まれ。

国立研究機関でインターフェロンの作用機作、ウィルス・化学発ガン、ガン胎児性タンパク質、腫瘍細胞ののエネルギー代謝機構、抗ガン物質検索などの基礎医学研究に従事。1996年渡米。コロンビア大学ガン研究センター教授。現在は退職しニュージャージーでノエティック・サイエンス研究室主宰。


自らのガン治癒体験をふまえて、ガンになった方からのご相談に応じています(ご希望される方は下記のメールアドレスにどうぞ)。


また日本・米国での講演活動も行っております。少人数でも会場を用意して頂ければお話しさせていただきますので、お気軽にお問い合わせいただければと思います。


著書に「ガンはこわくない」(中央アート出版社)、「癌では死なない」(ワニブックス)、。「プロポリスでガンは治るのか!?」(中央アート出版社、) 「がんは誰が治すのか」(晶文社)、「病気をおこす脳病気をなおす脳」(中央アート出版)など。




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がんの自然退縮[28]

 

 

 肉体という衣をまとって、この世にしばし留まるにあったって、生命の生命たる所以は、他に働きかけることにあるのではないでしょうか。その対象がやはり一つの生命体であった場合、その働きかけは「愛」としか名付けようがないものだと思います。

 

 愛は既往にこだわらず、今この時にあって、将来を望んで働きます。過去を捨てて未来を生み出す力なのです。人はその徳性のうちで真に未来に働きかけている原理は、愛以外ないことに驚くでしょう。愛は報酬を求めません。愛しうること自体が限りない喜びをもたらすからです。愛することは、それ自体が目的なのです。愛は働きかけの最高の形であり、他の種類の働きかけもすべてここに帰一するのです。生きることは、愛することであり、そして愛は人を生かします。

 

 「愛」とはすべての「存在」を“無思考”のうちに心の底からあるがまま肯定するような立場に立つことを意味するものだからです。

 

 

 がんの自然退縮〔18〕で触れた寺山心一翁さんの「がんに愛を送る」という表現は、ガンになにかをするというのではなく、ガンと向き合った自分はどういった存在なのかを感じ取ることを意味するものではないでしょうか。彼は、これを「超意識をもつ」と表現されますが。

 

 

 

 ヒトにあって交感神経の一種であるA10神経は、副交感神経である腹側部迷走神経の働きとあいまって、「霊性」とも関係しているのです。これは次元とか高さとかといった感覚で捉えられがちですが、腹側部迷走神経のはたらきの意識化にほかなりません。

 

 がんに愛を送るときA10神経は「存在の楽しみ」を感じ取ることによって活性化します。感謝の念はオキシトシンの分泌亢進を介して間脳視床下部からのCRH(コルチコステロイド放出ホルモン)の分泌を抑えることによって副交感神優位の状況をつくるのです。抗腫瘍免疫能は亢進するものと推測されます。

 

NKT細胞(ナチュラルキラー様T細胞)の増加がA10神経の活性化を介して行われたと思われることについてはがんの自然退縮〔9〕で触れました。

 


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がんの自然退縮〔27〕

 

 私たちは、ガンになるとその経過が心配で、これからどうなるのだろうかといった考えを反芻します。一日に何百回も、ひっきりなしに。

 しかし、よく考えてみると、自分の持ち時間はかけがえのない「この今」しかありません。未来や過去を悩んだり苦しんだりしているのは、まさしくこの現在なのですから。

 

 夢を見ているとき、あるいは何かに没頭しているとき、私たちは、現実に直面している悩みや心配事からは解放されているはずです。それに気づけば、錯覚的時間認識がつくりだす未来への不安、もしくは過去への後悔は脱落します。「今この瞬間を生きればよい」と方向転換するのです。

 

 このような意識状態は大脳基底核なかでも尾状核を活性化します。その結果、自我によって阻止されていた力が動き出すのです。つまり、受け入れることによって私たちは超えると言ったらよいでしょうか。それは条件に左右されない無条件の受容であり、存在の歓びでもあります。

 

 

 物事や出来事を楽しんでやろうという心構えでいれば、それが何であれ、その人にとって楽しみとなるはずです。もちろん、楽しむのは今しかないのですから、その今を楽しむ以外ないでしょう。

 

 今日という一日を、どんな些細なことにでも喜びを見つけて歓びましょう。それが人生最後の日であるかのように。

 

 

 「楽しんでください」と私が言いますと、何をしたらいいのかわからないという返事がよく返ってきます。病気が治ったら楽しもうという方は多いです。

 

 

 闘病など、どうでもよいのです。

 治すとか、死にたくないとか、あきらめるとかではなく、おいしいコーヒーを飲み、どこかにおいしいお店があると聞いたら、すぐ飛んでいきましょう。温泉にのんびり浸かるのもよいでしょう。旅行はどうですか。イメージの世界でそこへ行き、存分に味わうだけでもよいのです。脳は実際のことと空想したことを区別できません。騙されやすいのです。

 

悪性リンパ腫の女性は、抗がん剤の副作用で胸や背中に耐えがたい痛みや痒みがあるので、治療をやめ、プロポリス(以下、ビオス液)を飲みました。イタリアが好きで、現地の語学学校で勉強することを空想して楽しんでいるうちにガンは消えました。

 

ある女子高校生は運動会のときに貧血状態となって倒れ、病院で急性骨髄性白血病と診断されました。彼女はお母さんの勧めに従い、病院の治療を受けず、玄米菜食をし、ビオス液を飲みました。そして海外の美術学校を選ぶことを楽しみとしました。個展を開くほど絵が好きだったのですが、海外で本格的な絵の勉強をしたくなったのです。治ってからナポリに留学しました。私が国際会議でマラテアというイタリア南部の保養地に出向いた折、途中のナポリ駅構内で彼女からプレゼントされた模写の「音楽の天使」(フィレンツェ、ウフィツィ美術館所蔵)は、今も書斎の壁に掛けてあります。

 

あなたの目指していることが本当に楽しいことかどうかを見極める決め手は、それをしているときにワクワクするような「快を感じるかどうか」。

 

それがすべてです。

 

その喜びが、今まで述べた、がんの自然退縮〔10〕〔12〕をはじめとする例のように、生き方や考え方の転換に付随することが望ましいのです。

 

 

どんなことの中にも楽しみは見出せます。たとえ身体は苦しかろうと、素直になることができれば、その視点を持てるのです。いってみれば、それを持てるかどうかが、その方の「運」といってもよいのかもしれません。 

 

 

 

楽しむとか幸せになることは一瞬一瞬を精一杯生きることのなかにあると言えましょう。

 さらに言えば、本当の幸せとは「他人を幸せにすることを自らの幸せにする」ことでもあるのです。

 今、ここに知覚をもって存在し、色々な体験ができること自体が奇跡的なことだと気づき、感謝すべきではないでしょうか。

 誰かのためを思って、がんの自然退縮〔11〕〔14〕にみられるように、無償の愛をもってできることをしてあげること自体が歓びなのです。そして感謝されることによって、歓びは幸せ感、感動へとつながります。

 

歓び、幸せ感、感動は無意識の大海であるゼロ・フィールドからA10神経を介して創出されますが、それを感じとるのは主として、右脳・前頭前野ではないかと推測されます。

A10神経(快楽神経、多幸神経)の活性化が抗腫瘍免疫能の亢進とつながることは今までみてきたとおりです。


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「がんの自然退縮」〔26〕

 

 

 臨床心理学者のポール・ラウドは著書”Making Miracles”(「奇跡的治癒」)で、医師から不治だと宣告されながらも、死の淵から奇跡的な生還を果した人たちにインタビューをおこない、驚異的な治癒の謎を解き明かそうと試みました。

 

 

 以下、ラウドが行なった回復者たちへのインタビューをあげてみましょう

 

― 肺がん男性は、すでに脳と右眼底に腫瘍が転移しており、放射線照射を受けたものの、余命は数ヶ月とみなされていました。

 それを機に、彼がそれまで嫌っていた仕事をやめ、ジャズ・ミュージシャンを選びました。10年経った現在彼に、がんの兆候は全くみられません。

 

― 咽頭、肩甲骨上部、それと首に腫瘍ができ、外科的に切除したものの、治療不能なリンパ腫を併発し、半年から1年の余命と宣告されていた男性です。以前から希望していた農場に移り住むようになってから、何ごともなかったように元気に暮らしています。

 

― 肺腺がんで、胸部転移もあり、死の宣告を下されていた女性は言います。「以前は、朝起きると『今日もまたうんざりした一日が始まるのか』でした。でも、今はちがいます。目が覚めると神様に感謝します」

 

― 処置不能の小細胞肺がんを克服した女性は、身の周りから否定的な考え方をする人を遠ざけ、「すべてがうまくいく」と信じる人とだけと、付き合うようにしました。

 

 

 インタビューの雰囲気は詳細に描写されているものの、その会話の中に、なぜ治癒に至ったかという、問題の核心が明確な言葉として表現されることはありません。しかし、これらを総合すると、驚異的回復を遂げた人たちほとんどすべてに共通しているのは、心の座標軸を変えて、自らの新しい考えに従った行動をとることであり、以前のような生活パターンには戻らないことのように思われます。

 

 彼らはみな、過去の投影である未来ではなく、今この瞬間を全力で生きることを選択したのです。それにより、生活はまったく新しい意味合いをもつようになりました。彼らは、既存の「世間的尺度」に無理に従おうとすることによって蓄積されるストレスを、一気に解き放ち、無理に他人に同調するとか、慣例だから当然「すべきである」といったような行動をやめてしまったのではないでしょうか。

 

 病気は克服すべき挑戦でもあったでしょう。重篤な病気の診断を受けた直後はとても不安で、いたたまれなかったと思います。再発や転移を知った時などは、なにか途方もないまちがいをしてしまったと悔やんだはずです。うつ状態や絶望に陥ったかもしれません。

 

 しかし、彼らは、ともかく病気を受け入れたのです。そして希望でをもち、心の枠組みを「楽しむ」という方向に向かって立て直したのではないでしょうか。

 


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がんの自然退縮〔25〕

 

 

 久しぶりにローレンス・ルシャンの”You Can Fight for Your Life: Emotional Factors in the Treatment of Cancer”(「がんに克つ:治癒と気持ちの持ち方」) という本を読んでみました。

 

以下に引用します。

 

ジョンのケースです。

 

「12年前、当時35歳のジョンは、突然激しい頭痛に襲われました。

 彼は弁護士として成功し、周囲からは幸せな日々を送っているように思われていました。美しい妻に三人の子供、郊外の立派な家に住み、父親の跡を継いだ弁護士事務所も順調で、将来は約束されているかのようにみえました。

 

 しかし、彼にとっては、人生は自らが選びとったものではない、不本意なものでした。子供の頃から音楽の才能に恵まれていたものの、引っ込み思案な性格のために、仕事も結婚も両親の言いなりの人生をこれまで送ってきました。

音楽の道に進みたいという自分の夢を犠牲にしたのです。

 

 そのためジョンにとっては、毎日が希望や満足感に満たされない空虚なものだったのです。 仕事が嫌になり、妻との間にも不和が生じるようになりました。そして、発病する2年前に、妻のもとを離れ、音楽家になろうとしたのです。しかし、それでは家計を支えることができず、罪の意識をもって家に戻ってきました。それからというもの、彼を待っていたのは、絶望の毎日でした。

 

 その数か月後から、頭痛が始まったのです。原因は、除去不能な脳腫瘍であり、手術を試みましたが、余命は数か月だと宣言されました。

 

 しかし、そのことを聞いてから、彼に何か新しい力が湧いてきたような気がしたのです。医師には無駄だと言われましたが、何か良い治療法があるはずだと信じて、それを探し回りました。そうするうちに、サイコセラピストである私(ルシャン)のことを本で知り、やってきたのです。ジョンは心理療法を受け、生き抜く決心をしました。そしてもう一度音楽の勉強を真剣に始め、妻とは離婚しました。

 

 現在、彼は健康で、いつも望んできたことをしています。ある交響楽団のプロの演奏家になったのです」

 

次に、リンダのケースです。

 

「彼女は十代の頃、キャリアを得るためカレッジに行きたいと思ったのですが、良家の子女にそのようなものは必要ないと考える両親の猛反対にあい思いとどまりました。リンダは自暴自棄になり、両親を喜ばせようと、二人が認めた男性と結婚し、4人の子供をもうけたのです。夫は富豪で、はたから見れば、彼女は充実した幸せな生活を送っていました。

 

 しかし、実のところ、結婚は不幸なものだったのです。彼女にとって、妻、母親の役割を果たすことは何の達成感も得られないだけでなく、ただ奉仕するだけといったものであり、地獄に居るに等しかったからです。

 彼女は、自分の人生を送るよう励ましてくれるある男性とつき合い始めました。しかし両親と夫に『あなたは間違っている。子供はどうするのか。自分の人生を生きるなどというのは病気のなせる業である』と言われました。彼女はその男性と別れ、また「寛容な」家族の腕の中という閉鎖空間に身を置くことになってしまったのです。

 

 その四か月後に、胸にしこりがあるのに気づきました。

 

 乳房切除、子宮摘出を行いましたが、がんは転移し、すでに末期状態だったのです。その時、彼女が私(ルシャン)のところへ来たのです。

 

 私は、家族に縛られない事が大切と思い、彼女にデパートでパートタイムの仕事をし、得たお金で週2~3日カレッジに行ってコースをとるよう勧めました。両親はとても怒りました。

 その後、リンダは一番下の子供が高校に入るまでは、仕事をしながら学校へ行くという生活を続けましたが、その頃になると、罪の意識はあるもののフルタイムの学生となり、離婚の準備を始めました。新しい生活は楽しく満足のいくものでしたので家族の激怒や懇願など、もう問題ではなくなっていたのです。

 

 彼女は今、カレッジの図書館司書です。毎年夏にはヨーロッパ旅行をし、今までになく楽しい生活を送っています」

 

 

 ローレンス・ルシャンの著書に一貫して流れているのは、すべての人がその人独自の「あり方」「関係の持ち方」「創造の仕方」を見出すために「自分自身の歌を歌う」ことが必要だという考えです。

 これは言ってみれば、A10神経の賦活化に他ならないのではないでしょうか。

 

 パーソナリテイ、ものの考え方や生き方のパターンががんを作るのに関係し、一方ではその変化によって治癒が導かれるといった例をここにもみることができます。

 

 


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がんの自然退縮〔24

 

 『癌よ、ありがとう』(風雲舎)の著者である水津征洋さんは肺がんでした。

それも小細胞肺がん。抗がん剤や放射線治療も効かず、3年生存率1パーセント、5年生存率の数字がないといわれる厄介な悪性のガンです。

がんは左右両方の肺の付け根に2個ずつ、計4個あり、手術も不可能な状況でした。

 彼は一切の西洋医学的治療を受けず、代替医療で対処することを思い切って選択しました。免疫力を上げるために、ウォーキングを始め、足湯、睡眠療法、食事療法、入浴療法、健康食品の摂取、呼吸法、イメージ・トレーニングと、思いつくあらゆる方法を全て試みたのです。

 

 彼のイメージ・トレーニングというのは、がんが治ったことをイメージし、世話になった人、闘病中に迷惑をかけた人、家族に病気が治った喜びを伝え、お礼をすることでした。

 

 水津さんは、早朝の誰も歩いていない坂道を大きな声を出して、お礼と感謝のことばを言いながら歩いたのです。今までのサラリーマン生活では経験したことのない行動であり、一瞬一瞬が今までになく新鮮に満ちていたものと推測されます。

その間水津さんは、本当に治ったかのように嬉しくなり、自然に涙が出てきたそうです。

 

これはA10神経が活性化したのではないでしょうか。

 

 また著書で述べている「ありがとう。がんが治ったよ。もう大丈夫だから、ありがとう」と言って歩いた。何ともいえない爽やかな気持ちで心が現れるようだった。というくだりに、副交感神経の賦活化をみることができると思います。

 

 「大いなる存在であるあなたが必要と思われるなら構いません。御心にお任せします」と、水津さんは祈ったそうです。

 

毎日毎日、こうして「ありがとう」を言いながら、すがすがしい気分で歩いていると、ときたますれ違う見知らぬ人とも、笑顔で気持ちよく挨拶できるし、気持ちよい返事が返ってくる。話しはしなくとも、何となく心が通い合う瞬間である。「なんでこんなに気持ちのよい朝が毎日迎えられるのだろう。今まで知らなかった素晴らしい世界である。こんなすばらしいときをもてる自分は幸せだなあ・・・・」と思ったそうです。

 

そして「それはガンのお蔭だ」と気づき、その瞬間、彼は立ち止まって、「癌よ、ありがとう」と手を合わせていたのです。

 

 

 がんは消えました。

 

 

「変わる」「今を生きる」ことはガン治癒のキーポイントです。「感謝」も。先に述べた故・池見酉次郎氏の言う「実存的転換」の例をここにみることができるものと思われます。

 

私はカイロスに向かうと勝手に表現していますが。

 

カイロスとは、古代ギリシャ語で「時」を意味しますが、時間を表すクロノスとはまた違い、ものごとが開示される時、あるいは機会(チャンス)という意味で使われています。

 

癒されるためには、

 

魂を超越していながら魂にとっては未知でないもの、それでいてその内容に魂の潜在的可能性を成就させるものがあるものによって魂をつかまれなければならない。

 

変わることによってこのような新しい状態に入るようなカイロスをもつ時点ほど生命の完全さへの願望が強くなることはないのです。

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