松野哲也の「がんは誰が治すのか」 -2ページ目

松野哲也の「がんは誰が治すのか」

治癒のしくみと 脳の働き

レム睡眠は コリン作動性の脳幹から発生することが分かりました。

そこは 人間の心理のあらゆる働きが生じるとされている壮大な大脳皮質からは遠く離れた 古代から存在する低次の部位です。

そのため  夢見は 願望によって動機づけられることはない、夢は 「動機的には中立」である、とホブソンは付け加えました。

したがって、ホブソンによれば、夢が 潜在的な欲望によって駆動されると言うフロイトの見解は  完全に間違っていることになります。フロイトが夢に見つけた意味は ロールシャッハテストのインクの染みが連想させることのようなもので、夢に由来するものではない、ということになります。それは 夢に投影されたものであり、夢そのものの中にあるわけではない、ということです。

科学的な観点から見ると、夢の解釈は,  あたるかどうかわからない占いのようなものと何ら変わらない というわけです。

 

精神分析全体が  フロイトが夢を研究するために用いた方法に基づいていたので、フロイトがこの方法で導き出した理論の全体性が 斥けられることになりました。

ホブソンが  夢には何か意味がある という考えを打ち砕いた後、精神医学は  ついに、歴史的に 内省的な報告に頼ってきた状態から脱却し、代わりに 客観的な神経科学 (特に 神経化学) 的方法に基づいた研究や治療ができるようになったのです。その結果 前述しましたように  精神分析医であると、精神医学の教授になるのは難かしい状況になってしまったのではないでしょうか。

   

レム睡眠を制御しているのは、単純な オンとオフのスイッチ のようなものでした。

 

レム睡眠のスイッチをオンにするニューロンは 中脳橋被蓋部にあります。

これらのニューロンは アセチルコリンと呼ばれる神経化学物質を前脳全体に放出します。

アセチルコリンは 覚醒 (arousal) を惹き起こし、意識のレベルを昂めます (例えば、ニコチンは アセチルコリン受容体を刺激することで 集中力を高めます)。

 

レム睡眠のスイッチをオフにする脳幹ニューロンは 橋の奥深く 背側縫線核と青斑核複合体にあります。

これらのニューロンは セロトニンとノルアドレナリンを それぞれ 放出します。

アセチルコリンと同じように これらの神経化学物質は 意識レベルの様々な側面を調節します。

 

 

 

 

 

これらの発見と レム睡眠が 時計仕掛けのように ほぼ90分ごとに自動的に切り替わるという事実を組み合わせて、ホブソンは まもなく次のような結論を 必然的に導き出しました。

「夢見の主な原動力は 心理的なものではなく、生理的なものである。なぜなら、夢を見ているとされる睡眠の発生時間と持続時間は 極めて一致しており、それは あらかじめプログラムされた神経的に決定された発生を示唆するからである」。

 

 

アセチルコリンは 交感神経の節前神経の神経伝達物質(交感神経である汗腺神経では 節前、節後 両神経のそれ)、副交感神経では 節前、節後 両神経の神経伝達物質です。

アセチルコリンは 神経が筋肉に「収縮せよ」という指令を伝える神経伝達物質でもあります。同物質が 筋細胞膜上のアセチルコリン受容体に結合すると 筋細胞に ナトリウムイオンが流入し、細胞外にカルシウムイオンが放出されます。すると アクチンとミオシンという筋肉の繊維タンパク質が相互にスライドする(滑り込む)ことで 筋肉の収縮がおこります。

副交感神経から放出されたアセチルコリンは 目の水晶体の周りを囲んでいる筋肉である網様体に作用して、目の調節機能に関与します(ですから、検眼のまえに アトロピンという抗コリン薬を 眼筋が動かないようにと 点眼されるのです)。コリンエステラーゼの働きを阻害する猛毒のサリンは 放出された猛毒のアセチルコリンを分解させないため、人を呼吸不全死に至らしめます。 

 

レム睡眠中の眼球運動の理由については まだ本当のことが分かっていません。

最近のBrain誌によると、眠って夢を見ている間も体の自由が利き、身体を動かして 夢を"実演"する「 レム睡眠行動障害」の患者さんにおいては  急速眼球運動は 夢の中の行動と一致する傾向を示した そうです。このことから、もっとも妥当な説明は 「見ている夢の像を追うために 眼球がそちらに視線を向けている」とされました。でも おかしいような気がします。これでは、こと 夢の神経科学に関しては、自分の目を信じるのが最適なように思われるからです。レム睡眠と夢を同一視するのが間違いであるという マーク・ソームズ(”The Hidden Spring" の著者)の説の方が  私には納得がいくように思われます。次の 夢 B-2のあと そちらに移行したいと思います。

フロイトが推論した  "夢が潜在的な欲望を表現している"  という仮説を どのように反証できるのでしょうか?

その欲望が 顕在化した (報告された) 夢にあらわれなくてもよいのであれば、どんな夢でも  その理論要件にあわせて「解釈」することができます。

したがって、レム睡眠 (急速眼球睡眠) の発見により、神経科学者が 夢の報告という儚い素材から その具体的な生理学的相関物に移行することが可能になったとき、夢は 体が滑りやすい魚のように 脱落したことは 驚くべきことではありませんでした。

 

1950年代に レム睡眠が発見されると、その神経学的基盤を明らかにしようとする競争が始まりました。レム睡眠の機能が明らかになれば、夢の客観的なメカニズムの解明によって 当時の精神医学が より立派な科学的基盤をもつことになる と考えられたからでした。

 

レム睡眠が すべての哺乳類 (長い舌ダラリ で 爆睡するアリクイを除く) で発生するという事実のおかげで、こうした研究は 容易なものとなりました。この競争を制したのは 1965年,  フランスの ミシェル・ジュヴェ (北浜邦夫 訳『夢の城』の著者) でした。

彼は 脳の上部から順にスライスしていくと、橋 (キョウ  pons) と呼ばれる 脳幹の下位構造のレベルに達したときに 初めてレム睡眠が失われることを見出したのです。

 

その詳細は ジュヴェの弟子である アラン・ホブソン (ハーヴァード大学教授。 池谷裕二 監訳/池谷香 訳『夢に迷う脳ー夜ごと心はどこへ行く?』朝日出版社 2007年 の著者 ) の手に委ねられました。ホブソンは レム睡眠を発生させる, それゆえに 夢も生み出す と考えられた橋のニューロンの集合体を正確に特定しました。1970年代半ばには、睡眠と目覚めのサイクル全体が レム睡眠やノンレム睡眠の各段階現象を含めて 相互に影響し合う少数の脳幹核によって指揮されていることが明らかとなったのです。

なぜ 夢を見るのでしょうか。

  

  19世紀末に 「無意識」を発明したフロイトによると、夢を見ることは 目覚めているときに行動を生み出す生物学的欲求が 睡眠中に 抑制から解放されるときに起こるものです。

  夢は 眠っているときでさえ欲求し続けるそれらの欲求を充たそうとする試みです。しかし、夢は 幻覚的なやり方でそれを行い そのおかげで 私たちは (本当の欲求を満たすためにではなく) 眠ったままでいることができるのです。

  幻覚は 精神疾患の中核的な特徴であることから、彼は 著書  (フロイトの代表的な著書は 『夢判断』で、1899年の出版。本人も 「こういうインスピレーションは 一生に一度あるかないかだろう」と語っている。しかし、初版の600部を売りつくすのに 8年もかかった。現在は 世界各国で版を重ねているが。一方、ダーウィンの『種の起源』の初版 1250部は わずか1日で売り切れた。

フロイトは 1920年 ニューヨークに6ヶ月滞在し、午前は診察、午後は講演の依頼を断ったそうです。多分、1万ドルの謝礼では 旅費や宿泊費で, 何も残らないと計算したのかもしれません の中で この理論を用いて、健康の状態と病気の状態で 心がどのように働くのか について 大まかなモデルを描いています。フロイトが言うように  「精神分析は夢の分析に基づいている」のです。

 

  しかし、夢は 実証的に研究するのが 非常に難しいので、経験的に観察可能な出来事以外のすべてを無視する、言ってみれば、信念や考え、感じや欲望などの「精神論的」なものを 全て無視する 心理学の一派である「行動主義」者は  夢を 科学の対象から排除しました。

さらに、フロイトが 夢の上に構築した理論的な殿堂は その基盤以上のものではありませんでした。

科学哲学者のカール・ポパーは フロイトの精神分析理論は 実験的に反証可能な予測を生まないため、「似非科学的」であると断言したほどです。

 

  20世紀の中頃、アメリカでは フロイトの精神分析がはやりました。マリリン・モンロー主演の『7年目の浮気』にも それが うかがわれます。1950年代には、精神分析医でなければ、アメリカの一流大学の終身教授になることは ほぼ不可能だったそうです。今日では 逆に 精神分析医だと 精神医学の教授になることは ほぼ不可能だ といった状態になっているようです。

  統合失調症は 幻覚や妄想などの 陽性反応や 意欲の低下などの陰性症状がみられる 神経疾患です。

同病患者さんでは  自分が行った行為であるにもかかわらず、催眠にかかったように 他人にさせられた と 認知する妄想が 生じることが知られています。

 

 統合失調症では 知覚においても 感覚減衰が低下します (知覚 A-7 をご参照下さい)。

すなわち、感覚信号の抑制がきかないのです。

 

 健常者は 自分が力を与えたときの方が 対象から力を受けたときよりも かなり小さく感じ、音声を録音する際,  自分が発した音声の方が 小さく聞こえますが、統合失調症患者さんでは このような見積もりの修正ができません。身体を 簡単に動かせせる状況であるにもかかわらず、「不動」といって 一定時間 同じ姿勢をとり続けることもあります。

 

私も 統合失調的なところが多分にあるのでしょう。よく 声が大きい と言われます。自分では それを 耳が悪いせいにしています(目とあたまは さらに悪いです) が。