昨年までは新入社員が半年以上続いた事が無いという、パワハラや人間関係に問題ありのBARだった。
それが今ではパワハラの元となる上司や先輩は消え、すこぶる居心地の良い職場になったのだと思う。
だが、やりたくもない仕事を続けることは精神的に物凄く苦痛だ。
それでも俺が1年半もやってこれたのは、それは人間関係が良好なものになってきたからである。
逆に、いくら好きな仕事であっても、人間関係が悪ければ続かない。
それだけ人間関係は重要なことだ。
そして俺は自分の将来の為、そろそろこのホテルを辞めようという思いが高まっていた。
それはただ単にウエイターが嫌だからというだけでなく、精神的なものに加えて肉体的にも辛くなってきたのだ。
BARのスタッフは夕方に出勤し帰るのは明け方なので、寝るのは早くても朝6時〜7時だ。
夕方5時まで寝るとして10時間は寝れる計算だが、日中にそんなに長く熟睡できることはなく、休日以外は浅い眠りのせいか、7日間連続で毎朝金縛りになった事もあるくらい、肉体的にも精神的にもボロボロになっていた。
更にそのうち夕方になっても起きれなくなり、6時半出勤なのに7時半に出勤なんて日も増えていた。
2年目の冬が訪れようとしていた11月、この頃にはもう毎日のように求人誌を見ていて、ビジネスホテルでもいいからフロントかベルボーイの募集をしているホテルはないか探していた。
そして12月に入る前に、俺は意を決して人事課のドアを叩いた。
一身上の都合により12月末で退社すると辞表を出したのだった。
有給消化があり、クリスマス前には退社出来るという考えもあっての提出だ。
「舞浜に行くなら最初からベルボーイでもwelcomeだぞ」と、人事支配人は言った。
それは翌年オープンするディズニーランド近くにオープンする東京ベイHホテルにトランスファーするなら、フロントの下積みセクションである客室清掃やベッドメイキングをするハウスキーピングを飛ばして、その上のセクションのベルボーイからの配属にしてやるという事である。
いやいや、東京出身の俺が何で千葉まで行かなければならない?
ましてディズニーランドの近くなら、それはシティーホテルではなくリゾートホテルだ。
いくらベルボーイという餌をチラつかされても、そんな誘いに乗ることはなく、次の転職先が決まっていなくても退社を決めたのだった。
人生初の転職。
正直、俺がこんなに早く転職するようになるとは、自分でも意外だった。
次が決まってなくても嫌なものはイヤ!と、高校時代に野球部を辞めた時のような決断をしたのが、俺の性格を物語っている。
辞めるのが決まると熟睡できるようになったようで、それまで遅刻がちだった出勤時間は更に遅くなり、9時半に出勤なんて日が増えていった。
そして12月、クリスマスを前にめでたく退職した俺は、初の転職&無職という現実にも意外と不安な気持ちにならず、求人誌をペラペラ捲りながら数日を過ごしていた。
5日が過ぎた夜、歌舞伎町で俺の送別会をしてくれるという事で夜な夜な出かけて行くと、河崎マネージャーや内田さん合田さんという黒服陣に、野口や森末そしてバイトの天崎やコンパニオンからもほぼ同期のような岩本ら3人が駆けつけてくれていた。
「次は決まってるのか?」
合田さんが真剣な顔をして聞いてくる。
「いやあ、まだ決まってないですけど、次は帝国ホテルでベルボーイでもやりたいですね(笑)」
これが本心だった。
だが、帝国ホテルなんて受ける事すら出来ない俺だったが、とにかく嫌なウエイターの仕事、BARから解放されたことだけで満足していた。
翌日、求人誌を見ていると、「新規オープン!フロント募集」というホテルを見つけた。
それは、とある大手企業が開業するビジネスホテルのようだったが、それでもフロントならやってみたい!という思いが強く、早々に履歴書を送った。
〜つづく〜
📕元ホテルマンが書いた小説📕