明け方のロッカールーム。
風呂上がりに着替えていると、隣の列のロッカーから大谷さんが話しかけてきた。
「ヤナダ今日休みだろ?何か用事あるのか?」
「いいえ、特にないですよ。」
「俺も今日休みだから夜メシでも行くか。」
大谷さんが言う休みとは、昼間の電気量販店の事で、大学に行きながら週3日は昼と夜の掛け持ちでバイトをしているのだった。
その夜、2人は六本木で待ち合わせて大谷さんが知ってる焼き鳥屋に入った。
「お前もうすぐ1年になるな。」
「そうなんですよ、早いですね、」
「この前、内田のだんなと話してたんだけど、お前よく辞めなかったよ。」
「ええ、武田さんがまともになってきたし、内田さんや大谷さんがいてくれたから何とかやって来れましたよ。」
「ずっとホテルマンやるのか?」
「多分ずっとはやらないと思います。給料安いですから(笑)」
「俺が会社作ったら来るか?」
「えっ?大谷さんが会社作るんですか?就職は?」
「就職?お前に言ってなかったっけ?」
「何をですか?」
「前に電通受けたの。」
「いいえ、聞いてませんよ。」
「電通の面接の日によぉ、運悪く寝坊したから駅から全力で走って行ったんだよ。」
「えーっ?大谷さんが走ってるの似合わないですね(笑)」
「だろぉ?結局は間に合ったんだけどよぉ、面接で電通について思ってる事ズバズバ言ったんだよ。そしたら、君は1人でもやって行けそうだねって言われて落とされちまったよ(笑)」
「へえ・・・他は受けてないんですか?」
「ああ、電通しか考えてなかったからな。」
「それで会社を作ろうと?」
「もう28だしよ、買ってたNTTの株で資金出来たからな。」
「株やってたんですか。」
「まっ、お前の都合もあるだろうし俺も卒業してから準備もあるから、その時が来たらまた話振るから頭に入れといてくれよ。」
「分かりました。」
この人はやはりただの大学生ではないなと想った。
電気量販店での販売成績はトップだというし、セントジョージでも内田、武田の両キャプテンからの信頼も厚く、社員の大野さんより仕事ができる。
まさにスーパーバイトマンだ。
そんな大谷さんがもうすぐ大学を卒業しセントジョージでのバイトも辞めるという事で、新たに田中という大学生バイトが天崎に続いて入って来た。
20歳で銀縁メガネをかけ、見た目はたガリ勉といった真面目そうな若者だ。
彼のことは天崎に任せ、俺は最後まで2人のカバーをしていた。
BARが終わり、翌日のランチビュッフェのテーブルセッティングを終えると、いつも通り酒席が始まった。
日報の提出を天崎と田中に行かせ、その夜は俺も残って席についた。
田中の歓迎を込めて武田さんが酒を勧めると、躊躇する事なくぐびぐびグラスを空けるので、「お前強いのか?」と、聞くと「いやあ、分からないですけど飲めますねえ(笑)」
田中は一切断る事なく、最後までニコニコしながら勧められるまま飲んでいた。
明け方になりテーブルを片付けると、それぞれロッカールームに向かい風呂に入る者、すぐに帰る者とバラバラになる。
俺は風呂に入り、着替えを終えると路上の自販機で内田、武田2人のキャプテンらと缶コーヒーを買ってしばしの雑談。
それを飲み干すと冬のまだ暗い明け方の中、俺は武田さんを乗せてホテルを後にしたのだった。
夕方出勤すると、マネージャーが硬い表情をして、「ヤナダ、すぐ人事課に行け!」と。
えっ?な、何で?と、不思議に思いマネージャーに聞いた。
「何かありました?」
すると、険しい顔をしながら冷たく想定外な事を言ってきたマネージャーだった。
〜つづく〜
📕元ホテルマンが書いた小説📕