1年近くホテルに勤務していると、特にBARだとその人の本性のようなモノが見える場合もある。
常連客の中にもいるが、ホテルのBARに飲みに来るカップルは訳ありの2人が多い。
年配のおっさんと若い女の不倫カップルだ。
また、不倫ではないにしろ、見たところ同じ会社のお偉いさんと若くて地味な事務の女性社員というような2人が来店した事があったが、そのテーブルはいつ見ても会話が無かったので気になっていた。
中小企業の社長だか部長のようなおっさんも、事務員風の女も黙ったまま。
変な2人だなと思っていたら、2時間程した時そのテーブルでコンパニオン達が何やらバタついているので歩み寄ると、女がテーブルいっぱいに吐き散らしていた。
即座にコンパニオンがrest roomに連れて行ったのだが、その上司と思われるおっさんは無表情のままただブスっと座っているだけで、テーブルやその下を片付けているコンパニオンや我々スタッフにも全く言葉も発しないまま会計をさっさと済ませて帰ってしまった。
えっ?何?あのおっさんは何者?
モテないおっさんがおとなしい部下を酒に酔わせてチェックイン!と、そんな下心ありありでホテルのBARに連れて来たはいいが、昔からモテたことが無いおっさんは会話の引き出しも乏しく、ただ飲ませることしか出来なかったという感じだろうか。
それにしても、自分の目的が達成出来ないとなったら連れの女の心配もせず、早々と帰ってしまう人間性にはビックリだし、そんな男に誘われてホテルのBARまでついて来る女の心境も分からない。
それ以前に、そんな社長か上司のいる会社になんて勤めたくないものだ。
人間の本性は酔っ払った時や窮地に追い込まれた時に出るもの。
だから中々その人の本性を見抜くのは容易ではない。
芸能人を例にあげると、役者や芸人が売れて天狗になり新人タレントや下っ端ADに対して横柄な態度をしたりワガママを通したりするのに対し、スポンサーや先輩には愛想良くみたいな、相手によって態度を変える者はいる。
長年第一線で活躍できている芸能人は、ただ芝居とか芸事が優れているというだけでもない。
逆に、あの人この前までよく出ていたのに、そういえば最近は全く見なくなったなんて芸能人も多い。
売れている時は周りがチヤホヤしてくれるから、天狗になる気持ちも分からなくはないが、その時に挨拶を返さなかったり横柄な態度で接していたADはいずれプロデューサーとなったり、テレビ局の役員やキャスティングをする立場になっているわけで、その人達が若い頃に悪い印象を持たされたタレントとは一緒に仕事したくないし、いい仕事を与えたくもないだろう。
だから長年に渡り活躍しているタレントというのは人柄が良い人、思いやる心を持ち合わせた人なのだ。
俺が志望通りとは真逆のBARに配属され1年近く続いているのも、やはり何人かの上司からの思いやる気持ちを感じるものがあったからだと思うのであった。
クリスマスが近いある日、昭和の大物歌手と言われていたT.Oが10人位で来店した。
俺が物心つく前に一世を風靡していた女性歌手で、俺もその顔も名前もすぐ認識できた。
そしてチラチラと暫く見ていると、上座に足と腕を組んで座っていた彼女の態度があまりにも横柄で、スタッフらしき人達と話してる表情もツンとしていて、それはまるで女帝という感じだった。
それから40年近く経つが、その間に彼女がメディアで注目されたのは某グループの中の1人とデュエット曲をリリースした年のみで、あとは全く話題にもなっていないほど完全に消えてしまっている。
また別の日には、黒人アーティストも混じえた10人位の賑やかな集団が来店。
その中に、当時から二枚目俳優として売れていた俳優さんがいた。
舞台か何かの打ち上げだったのだろう。
その席は賑やかに盛り上がりを見せていたが、それは騒音とはならない程度のどこか品のある人達だった。
30分位してそのテーブル近くを通った時、「すみません・・・」と、男性の声。
振り返って見ると、その二枚目俳優さんが俺に手を挙げていた。
「はい!」と、すぐに歩み寄ると、彼は空になったグラスを右手に持ち、左手をそれの底に添えながら凄く丁寧に「これ、もう一杯頂けますか?」と。
「はい、かしこまりました!」
か、カッコいい!
当時まだ20代半ばであろう若手の俳優、しかもその何年も前から注目されているのに、全く横柄な感じが無い。
まして誰がみても分かるような下っ端ウエイターに、凄く丁寧に敬語で接してくれる人柄。
そんな彼に温かな優しさを感じ、それから35年以上経った今でも俺はファンだし、現在60代半ばになる彼はハリウッド俳優となって活躍している。
職種や肩書きで人を差別することなく、誰に対しても思いやる心があるからこそ、誰もがこの人となら是非一緒に仕事がしたい!と、思ってもらえるのだろう。
その、同性の俺までを虜にしてしまう魅力的な方の名は、真田広之さんです。
〜つづく〜