「伶也と」
椰月美智子
真面目で地味なエンジニア、直子
恋愛にも熱くなるタイプではなかったはずの彼女が
人気ロックバンド「ゴライアス」のボーカル・伶也を知ってから
彼女の人生は一変した
届きそうで届かない、焦がれても焦がれても果てのない
狂おしい愛に翻弄される
直子と伶也の40年の物語

まず、物語の1ページめで
彼らの40年後、つまり終着点が明らかにされます
ズバリ
直子と伶也はみすぼらしくアパートの一室で変死しているところを発見されます
かたや、その熱狂的ファンの地味な女性
そんな二人が年老いてなぜか一緒に変死
この1ページめを読んだ時点で
今後、物語におこりそうなことがいろいろ想像がつきました
結果、その想像は半分当たり
半分はハズレました。
まず、伶也は
人気絶頂からの直子ではないモデルと結婚、娘をもうけ
さらに覚醒剤で逮捕され離婚
表向きは介護の資格を取るという事実上引退
再結成ブームに乗ってタレントとしても再起するも
謎の霊能者に洗脳されて混迷する
っていう
いやーいろんなところで聞いたことありますね!
っていう人生を辿ります
ここは想像に難くない部分でした
しかし、私の想像と違った部分
それは
直子と伶也は最期まで
お互いを踏みにじることなく尊重しあっていたという点
これはとても意外でした
私は
我が身を投げ打ってまで誰かに尽くすということは
「憐れみ」や「蔑み」と表裏一体な部分があると思ってるんですね
たとえば
「明日カノ」のゆあてゃは、普段は体を売ってまでホストのはるぴにベタ惚れで貢いでいるんですが
ときに激昂し、「このクソホストが!」と罵倒します
この人は自分がいなきゃダメだと思ってるからこそ尽くす
お前なんか私がいなきゃ生きていけないくせに!と蔑む
これは危険なバランスで表裏一体といえるでしょう
けれども直子は、すべてを投げうって伶也に尽くしながらも
伶也が別の女性と結婚したとしても
伶也がぼろぼろに落ちぶれたときでさえ
決して伶也を蔑むことはありません
そして伶也は伶也で
一時的な劣情で直子を弄んだり
落ち目のときでさえ、直子の気持ちを利用するようなことはしない
直子を女性として選ぶことはなかったが
直子を乱暴に扱ったりもしないのです
また、直子のほかにも
同じような「推し活」をする女性たちがいるんですが
彼女たちも、
「推し活」しながら家庭をもったり
離婚してまた「推し活」に戻ったり
「推し活」をきっかけに仕事に躍進したり
なかには、「推し」のために破滅したりと
実にさまざまなのですが…
私は、いつか彼女たちの間でも
嫉妬や蔑みや、マウンティングみたいなザラッとしたエピソードがあるのだろうと
覚悟していたのですが
意外なくらいそれもなく
やはりそこには「尊重」があるように感じた
この物語は、ひとことでいえば
推し活で全てを投げ打った女の半生
なのですが
読み終わって感じるのは
「こういう幸せもある」ということ
私には、直子が不幸な女だったとはどうしても思えず…
はじめは、不穏で不幸にしか思えなかった
40年後のふたりの死亡記事が
最後には、なんだか暖かいもののようにすら思えました…