「ともだち」
椰月美智子


 

 

ジュンは小学6年生

お父さんもおじいちゃんもおばあちゃんも亡くなって、

今はお母さんとふたり暮らし


学校には親友のシンやスカイ、レオンやルイ、ミナなど

たくさんの友達がいる



エモい…!


無邪気なだけの時期は過ぎて

明日には半分大人になりそうな子供たちが



大人になる過程で必要な気持ちのタネ

みたいなものを、少しずつ拾い集めていく



まだそれは気持ちのタネなので

どれも断片的で、はっきりとした輪郭が見えたり、それ同士が繋がったりはまだしない



だけど、その気持ちのタネをたくさん集めて
心に暖めておくことで
不意にそれが芽生えて成長し
大人になった彼らを支えるのかもしれないなと思った


主人公のジュンは
スポーツのできるシンや、勉強のできるスカイに比べ
特に取り柄のない、ぼんやりしておっちょこちょいの少年として描かれるが


ジュンはそういう「気持ちのタネ」をみつけて拾い集めるのがとてもうまい少年だと感じた
友達の良いところをみつけたり
当たり前のように側にあるものの大切さに気づいたり
このモヤモヤする気持ちはなんだろうと考えたり
自分にはわからない相手の気持ちを考えたり



物語は、子供たちの学校や家庭、「こども食堂」での
エピソードが生き生きと描かれる


それだけでも忘れかけていた気持ちを思い出すような
充分エモい小説なんだけど、


この物語は、子供たちのたわいもないエピソードの中に
「先入観で判断することはとても危険だ」という強いメッセージを含んでいるように思う


こういう見た目だから。
家族構成がこうだから。
こんな感じの家に住んでいるから。
出身地がどこだから。
明るいから。大人しいから。


こういう、ぱっと目に入る断片的な情報から安易に判断することで
結果的に子供たちが胸を痛めるエピソードもいくつかある


それらを読むうちに、
「目につきやすいことからひとを判断するのは危険なことだ」
という感想を持つ


しかし、そう思った読者である他でもない私自身が
すでに「先入観」で物語を判断していたことに
最後の卒業式のシーンで気付かされる


子供たちの門出の感動のシーンでもありながら、
そんな衝撃のシーンでもあるのだ


深く考えてこなかった自分の真意に気づいてハッとする。
あの頃はたしかにそんなことがよくあった


久しぶりに、そんな衝撃を
思い出した小説だった