令和5年4月7日
時間はきちんきちんと経って行き、私も
ドンドン齢を取って行きます。
ここのところ私の頭には、はるか昔の
小学生の頃のことが、折に触れて浮かびます。
そしてそのたびに子供のままの顔をしている
級友を思い浮かべ、「今どうしているかな?」
と思います。
きっと人生のゴールが見えて来た私は、
徐々にあの世で待っている妻への土産話を
集め始めているのかもしれません……。
令和5年4月7日
時間はきちんきちんと経って行き、私も
ドンドン齢を取って行きます。
ここのところ私の頭には、はるか昔の
小学生の頃のことが、折に触れて浮かびます。
そしてそのたびに子供のままの顔をしている
級友を思い浮かべ、「今どうしているかな?」
と思います。
きっと人生のゴールが見えて来た私は、
徐々にあの世で待っている妻への土産話を
集め始めているのかもしれません……。
令和5年4月6日
昨今は、録画した映画を倍速で観賞したり、
歌に冒頭から「ヤマ場」を求めたりするなどの
若者の思考や行動が「時短至上主義」として
各方面での議論を呼んでいます。
ところが他方では、丁寧に作られたものを
時間や手間をかけてきちんと味わいたいとか、
じっくりと本物の雰囲気を楽しみたいとか、
そうした志向の広がりも耳にするようになりました。
今は、多様な価値感を持った新しい人物像が
日本にも生まれて来ているように感じています。
令和5年4月5日
私は、中国(広州)に単身赴任していたことが
あります。そのときの中国(広州)は、改革開放
体制に入ってから未だ間もなく、道路には人民服を
着た人々でごったがえしていました。
そんな中、ある日、妻に連れられて母が、私に会いに
広州に来てくれました。当時は日本からの直行便が無く、
中継地の香港で広州行きのフライトを待たされるので、
朝早く日本を出て、広州に着くのは夜遅くになって
しまいました。
老齢だった母の疲れはとても酷かったでしょう。
だけど、そんなことはおくびにも出さず、精一杯
着飾った姿でニコニコしながら飛行場ロビーに
現れたとき、私はその顔を見て胸がジーンとした
ことを覚えています。
今でも私の頭には、飛行場ロビーでニコニコして
いた母の顔が鮮やかに浮んできます。
令和5年4月4日
綺麗に咲いた桜も今はすっかり散って
しまいました。
桜の花にはなぜか別れのイメージも
強いのです。
華やかさが鮮明なほど、別れるときの
寂しさも強調されるからでしょうか?
誰にも何時まで経っても忘れ難い
大切な人がいます。
「さまざまなこと 思い出す 桜かな」
(芭蕉)。
令和5年4月3日
「頑張りすぎない生き方」が見直されて
きているようです。
人生は競争の連続です。私たちは、
「頑張らなければ社会で生き残れない」
といった価値観を植えつけられ、競争に
駆り立てられてきました。
しかし、多くの人は、どんなに頑張っても
結局、人生は自分の思い通りにはならなかった
のではないでしょうか。
「頑張りすぎない生き方」は、そんな競争社会
のアンチテーゼとして求められるようになった
のかもしれません。
ただし、注意すべきなのは、
「頑張りすぎない=サボる」ではないという
ことです。
「頑張りすぎない生き方」とは、「そろそろと
頑張る生き方」ということのようです。
令和5年4月1日
靖国道路の桜はもうすっかり葉桜になって
しまいました。
・「散る桜 残る桜も 散る桜」(良寛和尚)
この俳句には、いのちを桜の花にたとえ、
「今どんなに美しく咲いている桜でも、いつかは
必ず散ってしまう。そのことを心得ておくこと」
という清貧の中でも生きとし生けるものへの愛を
失わずに生涯を終えた良寛和尚の人への教訓が
込められていると言われています。
令和5年3月31日
最近、某調査会社が若手社員を対象に
「30代後半になっても、思った通りに管理職に
昇進しなかったらどうしますか?」という
アンケート調査を実施したところ、
1位は「昇進には興味がないからどうでもいい」
だったそうです。
最近の若手は、「バリバリ働いてガッツリ稼ぐ
という高度成長期時代の価値観」から、
「ほどほどに働いてプライベートを大事にしたいと
いうワーク・ライフ・バランス重視型の価値観」へ
と移り変わっているようにも感じられます。
令和5年3月30日
会社を定年退職すると、交友関係が
極端に少なくなると言われます。
会社で知り合った友人達との付き合いが
なくなるからでしょう。
でも、「人生には別れの数だけ出会い
がある」とも言われるように、私たちは
自分で思っている以上に出会いの機会にも
恵まれているようです。
だから、新しい出会いを拒みもせず、
「一期一会」(生涯に一回しかない出会い
の機会)と喜んで迎え入れて行けば、
「別れ」の数が多い人ほど「出会い」の数も
多く、豊かな人生が送れると言えるのかも
しれません。
令和5年3月29日
先日、仕事で遠方へ出かけた際、帰りは夕方になって
しまいました。電車を待っていると丁度、新宿行きの
特急ロマンスカーが滑り込んできました。指定券を慌てて
買って乗り込んだ後、ヤレヤレと思いながら席に腰を
降ろしました。
すると突然、通路を隔てた臨席の年配の男性が話しかけて
きたのです。
なんと、そこには、昔サラリーマン時代に一緒に
働いていた人が私の隣の席に座っていたのです。
10年振りの再会でした。
本当に人生は、思いがけないことが起こります。
・ 若し、私が思い切ってロマンスカーに
乗り込まなかったら・・・
私の人生で、その人とは2度と出会うことはなかった
でしょう。
「人生は、本当に偶然の積み重ね」かもしれません。
令和5年4月28日
人の名前が出てこない、昨日の夕食で何を
食べたか忘れた、同じ物があるのにまた買って
しまった……。
こんな「もの忘れ」が頻発すると、いよいよ
来たかと身構えてしまいます。それが度重なると、
がっかりと落ち込むこともあります。
でも、あまり気にすることもないようです。
忘れてもどうせ大したことにはならないからです
(大したことになるような重要なことは頭の調子が
いいときにでも別途書き留めておくことが肝心。
これさえ忘れなければ大丈夫)。