令和7年3月13日
6年の春闘では、企業業績の回復が進む大企業では
6%以上の賃上げを回答していますが、業績の回復が
進まない中小企業の経営者は、賃上げに頭を
痛めています。
相応の賃上げをしなくては雇用の確保が難しく
なるからです。
「賃上げができる企業とそうでない企業、賃上げを
享受できる人とそうでない人」が、分けられつつ
あります。
二極化の実態が一層加速していくのかも
しれません。
令和7年3月13日
6年の春闘では、企業業績の回復が進む大企業では
6%以上の賃上げを回答していますが、業績の回復が
進まない中小企業の経営者は、賃上げに頭を
痛めています。
相応の賃上げをしなくては雇用の確保が難しく
なるからです。
「賃上げができる企業とそうでない企業、賃上げを
享受できる人とそうでない人」が、分けられつつ
あります。
二極化の実態が一層加速していくのかも
しれません。
令和7年3月12日
会社を定年退職した後は、会社で過ごしていた
時間が無くなります。
もともと職場以外の友達が少ないという人が会社を
退職した場合は、一気に会社という一日の大半を
過ごしていた場所がなくなってしまうのです。
そうなると、ほぼ毎日24時間家に居ることになり、
妻を悩ますことで有名な3大台詞、“俺の昼飯は?”、
“どこへ出かけるんだ?”、“俺も一緒について行く”が
炸裂してしまい、家庭不和にもなりかねません。
外で時間をつぶせる何かが必要となりますが、
それを探すのがなかなか大変なのです。
令和7年3月11日
最近は記録的な大雨が降ったり、各地で地震が
頻発したり、寒くなったり暖かくなったりと異常な
気象現象が続いています。
こんな異常気象は世界各地で見られるようなので、
きっと自然を痛めつける人間の営みに地球が
クレームをつけ出しているのかもしれません。
令和7年3月10日
最近は忘れっぽくなった半面、昔のことをよく
思い出します。子供の頃とか学生時代や独身時代のこと
などを懐かしく思い出したりします。
この間、義理の姉が亡くなり、葬儀が荒川区の
町屋斎場で行われたので、数十年ぶりに町屋に
行ってきました。
町屋は私が幼少時から結婚するまで住んでいたので
昔のことが色々と思い出されました。
中でもチンチン電車(都電荒川線)が前と変わらず
町屋駅を発着しているのを見て昔のことが懐かしく
蘇りました。
令和7年3月8日
高齢者の養護問題が深刻です。現代社会には一人の高齢者
の生きる生活を支える十分な養護体制を持ち合わせていません。
といって、別の生活基盤を確立してしまっている子供の家庭に
入り込むことも出来ません。
結果として、不適切な養護施設での不十分な生活状況を
強いられたりしてしまいます。
今まで精一杯に働いて家族を養い、社会に貢献してきた人たちが、
高齢化というみんなが通る道に嵌ってしまって、身動きが
とれなくなってしまうというのは、余りにも
悲しい現実です。
令和7年3月7日
人は加齢とともに徐々に脳の機能も低下し、
物忘れも増えて行くそうです。
でも、正常でも起る物忘れと、認知症による
物忘れには大きな違いがあるようです。
つまり、加齢による(正常な)物忘れは体験の
一部分を忘れるのに対して
認知症による物忘れでは全体的に忘れてしまう
違いがあるとのことです。
私もまだ正常なもの忘れに留まっている
ようなので、一安心です。
令和7年3月6日
楽しい時はすぐに時間が過ぎる」とも言われますが、
まさにその通り。
楽しい時は、その体験だけで満たされてしまっているので、
細かな情報には注意が向かないのです。
反面、退屈だったり、嫌な時は周囲の全ての情報に注意が
向きやすく、脳が神経質になっているため、なかなか
時間が経たないように感じるのだそうです。
令和7年3月5日
日本人は行列が好きなようです。
天寿を全うしても最後に待ち受けるのが火葬場確保のための行列。
火葬場の数は少ないのに新規創設は地元の反対で難しいので
火葬場はいつも満杯状態で、空くのに順番待ちが酷いようです。
思えば私たちは生まれて以降、順番待ちをしながら生きて
来ました。
それが何とか天寿を全うして閻魔さんのところに行くのにも
順番待ちとは!
なんだかとても侘しい思いがします……。
令和7年3月4日
何でもかんでもスマホで取り扱おうとする今の世は、
スモホへアプリさえ取り込めず、小さなスマホの字も
七転八倒して何とか読んでいる私のような者は、
結局はその流れに乗りきれず、デジタル難民とし
て取り残されてしまうのかもしれません。
トホホ……。
令和7年3月3日
私は、毎日毎日何ということもない日常生活を過ごし
、ドンドン齢を取っていきます。波乱万丈な人生を生きる人は、
ごく僅かです。
大多数の人は、私みたいに平々凡々な人生を淡々と
生きています。これということもない一日を過ごし、
“あぁ、今日も一日終わったな”と呟きながら、ベッドに入り
眠りにつくのです。
そして「今日は昨日と代わりのない一日を過ごし、明日も
代り映えのない一日を過ごして」一年、二年と段々と齢を
重ねて行くのです。