平成23年8月30日
昨夜は、サラリーマン時代の友人と久し振りに
飲み会をしました。
昔話に花を咲かせたり、段々と短くなっていく
これからの生き方について語り合ったりと楽しい
ひと時を過ごせました。
飲みながらの話は、今までの自分の辿ってきた
道程とか共通の知人の動向とかにわたり、あたかも
夫々の人生を覗き見るような興味がありました。
人生とゲームというのは似ているところもあるようです。
「ゲームは楽しむため」という目的がはっきりしています。
だから、人生もゲームをするように、そのまま楽しめれば
よいのですが、そうはいきません。
長い人生を生きていれば、やりたくないことをしなければ
ならないし、失敗することもあり、その失敗した過去を
消し去ることもできません。
気にくわないからといって、リセットしてやり直すわけにも
いきません。
この辺のところがゲームとは異なり、人生の厳しさなん
でしょう。
そうした、素直に楽しめない部分、苦しいも含めて、
抱え込んでしまいながら、ゲームを続けざるを得ないのが
人間の生き方なのでしょう。
だとすれば、人生はかなり難解なゲームだということに
なります。
この難解なゲームを終了し、死ぬ間際になって
「自分の人生ゲームは結構楽しかった」と思いながら、
ゲームオーバーをしたいものだと思っています。