平成21年3月11日
今日は、随分と暖かい日です。
今さっき、客先からオフィスに戻りましたが、
電車の中では、コートを脱いだ人が目立ちました。
ところで、今から64年前の1945年の本日3月10日は、
東京大空襲によって10万人が亡くなった日です。
今日は、その命日にあたり、広島と長崎の原爆の日
(8月6日と9日)とともに、多くの人が犠牲になった忘れられない
日です。
大空襲は、深川地区へ初弾が投下され、その後に城東地区、
浅草地区や芝地区にも投下され、人口過密地帯は一面
大火災に包まれたと聞いています。
私の実家は、荒川区の町工場密集地域でしたので、やはり
地域一帯に焼夷弾を落とされ、大部分の家屋が火災で
焼失したとのことです。
その中、私の実家の周りだけ運良く火災を免れ
(道路を挟んだ向いには工場があり、全部焼け落ちていたので、
本当に偶然に焼かなかったようです)、もう随分前に亡くなった父親が、
“普段の心がけが良いから神様が助けてくれた”と随分自慢をしていた
のを思い出します。
その焼け落ちた工場跡の野原で、子供の頃、でチャンバラゴッコを
したり野球をしたりして遊んだ記憶が残っています。
あの時代から随分と時間が流れました。
国民を滅亡の淵にまで、連れて行った当時の国の指導者と
100年に1度という未曾有の経済危機に何ら有効策を打ち
出せないでいる今の国の指導者とを思うにつけ、国の指導者の
意義を改めて思うのです。