平成20年11月25日
今日も寒い一日です。その寒さのなか、午後はチョッと
遠い先に電車で出かけました。
「貧乏暇なし」です。
先日の飲み会で、老境の域に達してきた私たちの
これまでの道程を酒のつまみに
話が弾みました。ある人が、“まぁ、七転び八起きの人生だったな”
と振り返ったら別の人が、“「七転び八起き」は、おかしいのでは
ないか。
七回転んだら起きるのも七回ではないのか、八回起きられる
はずがないじゃないか“と屁理屈をこねました。
理屈から云えば、確かに七回転んだら起きるのも七回かも
しれません。
でも、それは枝葉末節の議論です。
「七転び八起き」は、くじけないでがんばろうという慰めにもなり、
広く使われている格言です。
「転ぶのは人がすることであり、七回までは数えることが出来
ましたが、それ以上は分かりません。
そこで八回起き上がるとしておけばいいだろう」と昔の人は考えて、
この格言を作ったのだと思えば、済む話ではないかと
私なんかは思ってしまいます。
八回とは七回の次という文字通りの意味ではなく、単にたくさんと
いう締めの気持ちが込められているとも考えられると思います。
要は、「モノは考えよう」なのです。この世の中、理論的でないことは
数多くあります。一々そんなことにコダワッテイテモしかたありません。
また、なんでも、言葉尻を捉えて批判する風潮がテレビによく出る
識者とかコメンテーターとかに広まっています。
「大衆に受ければ良い」という彼らの態度には、いつも釈然と
しないのです。