平成18年3月9日
今日は、夜飲み会があります。お客との飲み会なので、余り楽しみとは云えないですが、それでも日常の繰り返しの中の変化なので、生活に色取りが出て今の欝状態から抜け出す切っ掛けになるかもしれません。
ところで、昨日は私の通勤路である市ヶ谷橋の下の「お堀」に20羽程度の鴨が群がっているとの話しをしましたが、今日も鴨を見ながら通勤しました。
ゆったりと水に浮きながら、時々鋭く水面下に急降下を繰り返している姿を見ながら、“外からは、のんびりしているように見える鴨も、本人は生きるために必死なのかもしれない”ということを思いました。
人間社会でもこういうことはあります。前にSMAPの稲垣さんが主演していたテレビドラマで本人が全く心に残っていないことを他人に恨まれて、その他人から復讐されるというサスペンスをやっていました。このドラマは、“稲垣さんが青年から暴力を振るわれているとき、助けに入った恋人(男性)が、その暴力を振るった青年から逆襲され、死んでしまった。然し、稲垣さんはその場をあわてて離れたため、その事実を知らなかった”という設定でした。でもこういうことは、誰にでもあり得ることですよね。
電車の中、道とおりで、困っていそうな人に助けに入るということは、中々簡単には出来そうにありません。ついつい、見てみぬ振りをするということは、私などにも経験があります。だから、そのために人が傷つき、“何で助けてくれなかった”と恨まれることは、多分あるのではないでしょうか。
つまり、自分には関係ないと思っているようなことも他人にはとても大切なことかも知れないということですね。と考えても、自分の身を危険に晒してまでは、中々できそうにはありません。
所詮、私のような「日和見で凡人」の限界なのでしょう。
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