平成18年2月27日
私は、クライアント訪問などのため外出するほかは、事務所でそれこそジッとパソコンを眺めながら、仕事をし(こういう文章を書くのも、また顧客からの依頼事項を調査し、報告するのもみんな今はパソコンを使いますね)一日を過ごすことがあります。
そういう日は、身体は疲れていないのに頭も目も本当に疲れ、夕方にはグタッとしてしまいます。ですから、途中でよく気分転換を試みます。
“今、気分が爽快なので、ここで気分転換して不快な気分にしよう”、などと考える人などあるわけがありません。となれば、気分転換とは“今の不快な気分を爽快な気分に転換すること”を期待するための行為と言えそうです。それでも、気分転換の方法が人によって、そして同じ人でも日によって違うのはどうしてなのでしょうか?“不快な気分を爽快な気分にするため”に気分転換を試みるわけですから、不快な現状から遠ざかるためには、まず今いる場所から物理的に遠ざかるという方法が一般的にはよく採られるでしょう。“何となくもやもやするから、外に出て虫干しをする”、というケースがこれにあたりそうです(私は、よく近くの四谷の駅の方に向かってブラブラ歩いて虫干しをします)。
ところが、“外に出てもスッキリしない。どうも、これだけでは気分が爽快に変わりそうもない”と気がついたとき、次に思うのは、“気分が不快なのは、
もしかしたら自分自身に対するじれったさや、不満なのかもしれない”、ということです。
たしかに、そうであれば、どんな遠くに出かけても、気分は爽快になりませんね。それじゃあ絶望的じゃないか、ということになりそうですが、そうでもないようです。
“今、気分が不快なのは自分自身に対するじれったさだ!そういえば、ここのところ何をやってもうまくいかないからな”ということに気がついたら、それから抜け出す別の方法は、“自分自身を振り返る暇もないくらいに忙しく働くことで気分転換をする”という、やり方だそうです。ということは、“忙しい、忙しい”と顔をほころばせながら働いている人をよく見かけますが、そういう人は自分のことを“じれったく、不満に思っている”のでしょうか?
どうもそういうことだけじゃないようです。どこからも、誰からも文句が出ないような成功者でも、“自分への不満”、が最大の不幸ということもあるらしいのです。人間は欲深いのですね。いくら他人から見て“幸せその者”と見えるような人でも何がしかの自分に対する“不満やじれったさ”を持っている
ようなのです。
そしてその“不満やじれったさ”から逃れるための“せわしげに動き回れる無我夢中の時間”を、わけもなく幸せな瞬間だと感じるようなのです。
でも、自分への“じれったさ”から“もっと成功しよう”と余りにも焦ってせわしく動き回ると「ホリエモン」のように“道を踏み外してしまうこと”もあるから人生は難しいのです。
もっとも、私のような非成功者は、本当に仕事がうまくいかなくて自分自身に対して“不満やじれったさ”を持っているので、気分が冴えないのですからそこから逃れるには“ちょっと仕事がうまく行きさえすればOK”と極めて単純であり、且つまた、難しくもある気分転換方法なのです。
ですから、私の場合は中々気分転換ができず、ここのところ夕方になると首の周りが痛くなります。だから、最近は“近いうちにそれこそ本当に首がうまく回らなくなるのではないか”と恐れています。
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