第六章 心の芽生え
「それって、手話よ」
薫は、レッスン終了後にバレエスタジオの講師・磯野真弓から聞いた。先日の崇の動きは手話であったと。
「手話?」
「そう、耳が不自由な人はね、手で会話を交わすのよ」デッキからCDをケースに収めながら真弓が話す。
「真弓先生は、ご存知なんですか?」
「う~ん、そうね・・・。手話の動きって美しいし、まるでバレエの舞台で踊るパントマイムに通じるから
私も興味持ったんだけど・・・例えばね?こういうのがあるのよ」
真弓は、まず手を自分の胸に宛て、相手を人差し指で差してから
親指と人差し指をのばしてあごにつけ、前に出しながら合わせる動きを取った。
それを真似しながら「うわ~キレイですね!コレ何ていう意味ですか?」薫が質問した時
「先生!受講希望者の方がお話を伺いたいといらしてます」と他の生徒の声で中断され
「あ、ごめんなさい、今度ゆっくり話しましょ」
薫の肩をポンポンと軽く叩いて、真弓が呼ばれた生徒の方へ行ってしまった。
「なんだろうなぁ??」
気になりながらもスタジオを出ると、建物から少し離れた場所で崇が塀に凭れる体勢で待っていた。(BGM♪)
軽く笑みがこぼれており手にはミントブルーのメモ帳を持っている。
それには気付かない薫が軽く会釈をすると、崇も会釈を返した。
崇がメモ帳を渡そうとした時「あ、あのね!バレエの先生から教えてもらったんだけど・・・」
と薫は、意気揚々な顔で崇に向かって真弓の取った動きをその場で真似して見せた。
途端崇は、びっくりした表情に変わり、みるみる顔が赤くなった。
「え?どうしたの!?」キラキラした瞳で問いかける薫。
真っ赤なままの顔を背け、手にしていたメモ帳を片手で差し出す。
「あ、これ?」メモ帳を受け取り「忘れ物預かっててくれたのね・・・」と、薫が最後まで言い終わらないうちに
崇が走り去って行ってしまった。「ねえ、待って!」と声をかけ
「あ・・・聞こえないんだった・・・」と伸ばした手を下げた。
何か悪い事の意味だったのかな?でも真弓先生は、そんなこと例題にあげないだろうけど・・・
何気にメモ帳を開くと、崇の文字。
「ふ~ん崇くんっていうんだ・・・」思わず声に出す。
(そういえば、まだ自己紹介もしてなかったよね)
「ふう~ん・・・そうなの~・・・」わざと声に出し、納得をするように2、3度頭を縦にふる。
薫は、さっきの事が気になってしかたなく、そのくせ何でもない気持ちを装い
帰る道を歩き出した。
商店街の方へ出ると
1軒の書店の前で立ち止まり、
頬を赤く染める崇の顔、走っていく後姿が頭から離れていかない薫は、店の中へ入った。
店内を見回し手話の本が置いてあるコーナーの前に来ると、分厚めの1冊を手に取り
必死にさっきの意味を探していた。
胸の中で何かが沸き立つものを感じたがそれが何なのかは判らない。
お店でパラパラパラパラページを捲る薫は、店の主人が咳払いをする事に気付きながらも辞めない。
そして、目的の解読ページに辿り着いた時
「え――――――!?」
思わず大きく叫んでしまい、周囲の人から注目され背中を丸める。
店の主人も睨んでいる。
だが、薫の頬は紅潮していた。顰蹙を買った事が恥かしかった訳ではない。
≪私は、あなたが、好きです≫
動揺した薫はページに皺をつけてしまう。
「お客さん、売り物をそんなにしちゃ・・・」ムっとした店の主人に声を掛けられ
「あ、アタシ、コレ買います!」律儀な性格でもあるが、何かに引き寄せられた感覚が薫を突き動かす。
「あ、そう」と、薫の手から本をひったくると、さっさと袋に入れて会計をさせた。
6000円は、ちょっとなぁ・・・・と思ったけど、自宅に戻った薫は、パラパラと早速彼是検索をしていた。
好きだと言う意味を崇に伝えた事から慌てて逃れるように他の言葉を捜す
「えーと、えーと・・・もういちど・・・もういちど・・・」ぶつぶつと声に出して呟きながら
(もういちど・・・何?)
(・・・何が、もういちど?)
(だから何が、もういちど・・・なの?)
思い浮かんだ単語で言葉を作ろうと指を動かす薫は、何故か胸がキュンとした。
崇を思い浮かべる薫
(え・・・?この気持ちって何?)
膝の上の本をパタンと閉じ両足を抱えた格好でそのままゴロリと真横になった。
つづく
キャスト
大沢 崇:窪田正孝
咲田 薫:小林涼子
磯野 真弓:真矢みき
本屋の主人:逢坂じゅん
BGM♪
Salut d'Amour, Op. 12 - Edward Elgar
(エドワード・エルガー 愛の挨拶)