二重奏  ~サリュー・ド・アムール 愛の挨拶~ 第七章 | のだめと申します!

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日頃ノドまで出掛かってるが中々言えない事、
今まで語れずにいた「ノドまでタメてた話を申告」などを掲載していく
自由ブログです。

(第六章は、こちら)


第七章 それぞれの歯車


崇に思いがけず伝えてしまった言葉を気にかけながらも、薫は日々を過ごしていた。
あれから、崇と会う事はなかった。

締め切り業務に追われてバレエの稽古にも、暫く行ってない。
だが、薫の手が時々動いていたのだ。あの時から少しづつ、崇の言葉を。

神崎と打ち合わせをする時も、手が一緒に動いており彼を苦笑させた。


「崇くん元気?」轆轤が回転し土を成形させてる同じ陶芸教室の田島健は仁美に問いかけた。
健と並んで轆轤を回してる仁美は土から目を離さずに
「うーん、まあね」と適当な返事をする。

「ん・・何だよ、それ。崇くんだってさ、知り会ってから3年経つんだし、俺の弟みたいなもんだし」
仁美を横目でチラチラ見ながら様子を伺い話を続ける。
「ふーん。じゃ、崇は、毎日ご飯を食べて仕事に行ってます」
「うん・・」
「お風呂にも入ってます」
「・・・それから?」短い相槌を打ちながら仁美の言葉を聞いている健。
「・・・ピアノ弾いてる」そういうと、仁美は手を止め拭った手拭を放り教室を出てしまった・・・
土は、ぐにゃりと形を崩したまま回転が緩やかに終わる。

仁美の後姿を追いながら健は、作業途中の土を悲しげに見つめた。
「大沢さん!早く仕上げないと出品に間に合いませんよ」他の生徒の位置にいた講師が声をかけた。


廊下の自動販売機でコーヒーを飲む仁美。
仁美は、崇が5年ぶりにピアノに触れた事を最初は驚き、喜びもしたのだが
崇の背中を押したのは、何なのか気になって居た。
しかし繊細な崇には聞きにくいと判断し・・・
仁美は、感づいていた。

崇は・・・崇は・・・


恋をしている――


仁美は、聞きたくなかった。確かめるのが怖かった。
だから、言えないのだ。

静香も崇がピアノを弾いてる事はまだ知らない。
仁美が言ってないからだ。
崇も静香が居る時は弾く事はしなかった。
自分を気遣ってピアノを封印させている静香への思いやりもあったのだろう。


そんな崇を再び鍵盤に触れさせた相手は誰なのだろう?
仁美の心に一塊の不安が胸を貫いた。


崇の事を一番よく知ってるのは、私なのに・・・
仁美の胸に痛みが走った。


崇は、まだ耳が健常の頃、付き合ってる女の子は何人か居たようだった。
しかし、ピアノ優先にしてきた崇を理解するには彼女達では幼すぎた。
ピアノを通じて知り合った年上の女性とも付き合った事はあるが

静香と年齢がそう変わらず、崇から聞いた時「やるじゃん!崇」と仁美は褒め称えた。

もちろん静香には内緒で、仁美だけに打ち明けたのだ。
だが、聴覚を失った事で崇も心を閉ざすようになり、その彼女は去って行った。


仁美と自動販売機を挟んだ横のベンチには、健が座っており
仁美を心配そうにそっと見つめているのだった。

「さてと」
仁美は立ち上がり空になった紙コップを片手で潰し、ゴミ箱へ投げた。
「仕上げないと、ホントに間に合わないわね」と呟き
「ね?田島君」というと、振り向かないまま教室へ入った。

「は、はい!」驚いて立ち上がり健も後について入った。


仕事も一段落した薫が久しぶりにバレエスタジオに顔を出した。
「発表会、薫さんも来てくれるんでしょう?」
2週間後地区ホールで区が主催する文化祭があった。
芸術部門での発表会で毎年いくつかのバレエ教室も参加している。
そのバレエの発表会に、ローズマリアバレエスタジオからも参加が決り
真弓が選別した生徒の木下佳代が薫に声を掛けた。

「うん、勿論そのつもりだけど・・・」その言葉を聞くと、佳代は他の生徒にも同じ事を聞きに走って行った。


軽く溜息をつく薫。
スタジオを出ると、発表会へ向けて残ってる生徒たちの靴音が、
チャイコフスキーの「花のワルツ」の音楽に合わせて聞こえてきた。(BGM♪)

真弓の厳しい声も聞こえてきた。

胸が痛くなる・・・

足早に教室を後にする薫。
音が聞こえてしまわないように耳を塞ぐ薫。


(崇くん、どうしてるかな・・・)

崇が以前、薫を待っていた塀の付近まで来て、薫は思った。

(あの時、私は意味が判ってなくて言葉を語ったけれど・・・)


≪私は、あなたが、好きです≫


(“嫌い”では、なかったな)



『崇くん、びっくりしたのかな、だから、もう来ないのかな・・・』


独り言を呟きながら薫の指が自然に動いた。



何時の間にか、公園に来ていた。(BGM♪)

夕方の時間は、誰も居なかった。

野外ステージエリアまで歩く薫

薫は、バッグからミントブルーのメモ帳を出して書き込むと、

あの日の夜、一番最初に崇が座っていた客席に置いた。


薫が去っていく後姿を崇が見ていた。
崇が薫の残したメモ帳を開くと

そこには


“キミの名前はなんていうの?僕の名前は、大沢崇”

と、あるその下に


“私の名前は、咲田薫”
“私は、あなたのピアノが好きです”
“あなたの音に、包み込まれる暖かさを感じます”

“もういちど、聴かせて欲しい”


と記されていた。


そのとき、崇の心に停まっていた何かが動き出していた。
そしてそれは自分でも抑えきれない感情を崇は必死に押し留めるのだった。



つづく



キャスト
大沢 崇:窪田正孝   
咲田 薫:小林涼子
大沢 仁美:水崎綾女
田島 健:田中圭
磯野 真弓:真矢みき
木下 佳代:蒼井優

神崎 渉:谷原章介
陶芸教室の講師:深浦加奈子(2004年頃の深浦さんを想定)



BGM♪
チャイコフスキー 「花のワルツ」Tchaikovsky - Waltz of the Flowers

Elgar - Salut d'amour
(エドワード・エルガー 愛の挨拶)