二重奏  ~サリュー・ド・アムール 愛の挨拶~ 第五章 | のだめと申します!

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日頃ノドまで出掛かってるが中々言えない事、
今まで語れずにいた「ノドまでタメてた話を申告」などを掲載していく
自由ブログです。

(第四章は、こちら)


第五章 妖精の微笑み


今日、彼女は来てるのだろうか?(BGM♪)
土曜日の午後、仕事が休みになった崇は、バレエスタジオの前に立っていた。
余り人通りはない静かな住宅街の一軒家。
先日、崇が荷物を届けに入った曜日のこの時間より少し遅い時間・・・・
彼女は、どんな曲で踊ってるのだろうか?
耳は聞こえないが、中で生徒達の練習風景の響きが外に居る崇の身体をつつく。

あまり入り口付近をウロウロしていると、変質者だと思われるので、周辺をぐるっと歩く事にした。
1周、2周・・・・崇の額に汗が滲む。息が上がり、何周目か判らなくなったころ
レッスン時間を終了し、生徒達が出て来た。
「おつかれさま~」「またね」と元気よく手を振りながら散らばって行く彼女達の中に薫を発見する。


商店街を歩く薫。その姿勢正しい後姿は、凛として気高い薔薇の花のようだった。

背中まで長い真っ直ぐな髪が、歩くリズムで左右に踊り、輝く光沢が一層崇の胸を弾ませた。

崇が気付かれないように後を付けている。
電化製品店に入っていく薫。エスカレーターに乗り込んだ。薫の6列目後ろに崇も乗っている。
薫を乗せたエスカレーターが上がりきり降りた彼女のスカートの紫陽花模様がふんわり揺れるのが見えた。
ホームシアター・ステレオ・単品コンポーネントの階上で、MDプレーヤーを見てる薫。
ほんとうは、話しかけたい、崇はたまらなく思ったが勇気が出ない。

暫くすると、彼女は降りるエスカレーターの方へと向かってる様子が見えた。
早くしないと、行ってしまう。崇の心が速いだ。

その時、自分の居た付近が電子ピアノコーナーである事に気付く。
とっさに、崇はピアノに向かった。あの曲を演奏したのだ。(BGM♪)


「え、この曲!」
ピアノのメロディに気付き薫は、足を止める。振り返ると、崇がピアノを弾いているのが見えた。

(伝えたい、僕の想いを彼女に伝えたい)
一生懸命鍵盤を叩く崇。視線は鍵盤に注いでいたが、
目の端から紫陽花模様が視界にチラッと入ってきて崇は高揚した。


“こんにちわ”

ふいに、そう書かれた分厚い二つ折りのA6サイズのリングメモ帳が目の前に現れた。
演奏を止め、顔を上げると、眩いばかりに微笑んだ薫が居た。(BGM♪)

「この間は、何も知らなくてごめんなさいね」と話し掛けたが、直ぐに気付いてメモ帳に書こうとすると
座ったままの姿勢で薫の手から、メモ帳を取って
“大丈夫、唇で大体読めるから この間の事は、僕の方こそごめん”と書き頭を下げた。
笑顔で交わす二人の会話、時が静かに流れて行く。

“ピアノが弾けるなんて凄い”
“耳がダメになる前は、ずっと弾いてたんだよ”

そうだったんだ・・・薫は、そのことにこれ以上触れてはならないと思い
“バレエも ピアノの曲に合わせてお稽古するから ピアノの音は身体に心地いい”
と話を逸らした。
“バレエは こどもの頃から やっているの?”
“ずっと習いたかったけど・・・”と薫は、書きかけて
その下に、“習えるようになった今に とても感謝をしているの”と並べた。
“夢が叶ったんだね おめでとう”
二人は心を弾ませ、メモ帳は新しいページに次々と言葉が書かれていく。

ペンを走らせ、一言綴る度に、ペン先を出し入れするノックの音が「カチッ」と小気味よく鳴り響いた。

そのペンの受け渡しの際、零れる笑みが重なりあい時の空間へと溶けていく。


“私 この曲が好き 凄く好き”
嬉しそうな顔で、メモ帳を渡した時、薫の携帯が鳴った。
室長から会社にふいのお呼び出しは、いつもの事だった。

「ごめんなさい、今から仕事なの。もういかなきゃ、じゃまたね」と言うと走って行ってしまった。

立ち上がった崇は寂しそうな目で彼女を見送る。
二人の距離が大分離れ、エスカレーターに乗る場所から崇の方をもう一度見た薫は
彼の手で何かを示している動きが目に入る。
人差し指でこちらを差しコの字型を作った手で反対側の胸の上を叩き、人差し指を左右に揺らせていた。
薫は、崇が手を振ってくれたのだと思い笑顔で振りかえした。
彼女を乗せたエスカレーターはそのまま下りていった。

しばらく崇は、薫が消えて行ったエスカレーターの方をじっと見つめていたが
帰ろうとした時、ピアノの上に薫のメモ帳だけが置いてあった事に気付いた。


自宅に戻り、自室の机に向かっている崇。
薫のメモ帳を何度も見ている。特に“私 この曲が好き 凄く好き”という所ばかり目がいく。


そして崇は、メモ帳に書き記した。
最後に手で語り聞きたかった事を。


“キミの名前は何ていうの?”


さらにペンを走らせる。
“僕の名前は、大沢崇”


メモ帳をゆっくり閉じると、ミントブルーの表紙をそっと指で撫でた。



つづく



キャスト
大沢 崇:窪田正孝   
咲田 薫:小林涼子



BGM♪
Edward Elgar "Salut d'amour" for violin & piano,Op 12, Kyung Wha Chung Violin
(エドワード・エルガー 愛の挨拶
ELGAR Salut d'Amour

EDWARD ELGAR: Salut d'Amour
(エドワード・エルガー 愛の挨拶)