二重奏  ~サリュー・ド・アムール 愛の挨拶~ 第四章 | のだめと申します!

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日頃ノドまで出掛かってるが中々言えない事、
今まで語れずにいた「ノドまでタメてた話を申告」などを掲載していく
自由ブログです。

(第三章は、こちら)


第四章 記憶の旋律


「それで?咲ちゃんは、初めて聾唖の人と接触したわけだ」
薫が勤務する、広告代理店企画室の室長・神崎渉が先日の出来事を薫から聞いていた。
本社は別にあり、ここは営業所でスタッフは5人程度のアットホームな職場だった。
「はい、正直思いやりがなかったな・・と」
事務職の薫は、室長と向かい合わせの席でスタッフの交通費清算伝票を纏めながら溜息をついた。
「だって、何も知らなかったんだろ?」
「そうですけど・・・もう少し思慮深さを持たないと」
「うん、その経験は決して無駄じゃないよ。今の考えに気づく為の出会いだったんだよ」
「そうですね!やっぱり室長は、大人ですね」笑顔を取り戻す薫に神崎が指示を出した。
「機嫌が直った所で、この原稿を田所さんに届けてくれない?
もう期限がギリギリだから機嫌伺いに・・・なんつって!」そのオチャラけにアハハハと大笑いする薫。


原稿を届けた帰り道、CDショップの前で足を止める (BGM♪)
無事に済ませたお使いの帰りなど、しばしば寄り道なぞする薫であった。


CDショップに入っていく薫を、配達の途中で崇が見かけた。
ブラウスのボタンを一番上までキチンと留めるのは、父親の躾から来ていた。
普段着も大きく襟の開いた服装を滅多にしない薫。
肌の露出度の高いバレエの衣装も父親は、顔を顰めるので
薫が習いたいとは、言い出せないのも、ここから来ていたひとつだった。
女子は、むやみに胸元を開けてはならないと子供の頃から厳しく言われており
離れて暮らしてる今も、それが身についていた。
しかし、そのことで薫の豊かな美しい胸のラインが現れ、却って人目を引いた。


薫は、クラシックコーナーに直行する。

バレエを嗜んでいるのもあり、クラシック音楽のメロディが大好きだった。
1枚のCDを手にすると、それと同じCDが試聴デッキに用意されてるのがありヘッドホンを耳に当てる。
その様子を、崇が他のCD棚に隠れてじっと見ていた。

曲送りボタンが押された。カウントは3つ。つまり3曲目。
ヘッドホンから音が鳴り出したのか、薫の表情がとても和らいだ。
大きな瞳には満天の星のキラメキが輝く。

ブーンブーン・・・上着のポケットに入っていた携帯のバイブ着信に気付いた。
「室長からだ・・・まずい!サボってるのバレちゃう、早く戻らなきゃ」
慌てた薫はそのまま飛び出した。
電話を受けるのは外じゃないと不自然な店の音楽が電話口に丸聞こえだ。

薫が立ち去った後、崇がそのCDを手にとって見た。それは、エドワード・エルガーのCDだった。
(えーと3曲目は・・・)崇の目が曲名を辿る。


会社に戻った薫。
「さっきも電話で言いましたが、田所さん、全く機嫌悪くなかったですよ」
「そう、それは良かった・・・・・で、いい音楽あった?」
「へ?どうして・・そんな」寄り道を見抜かれた事にドキマギする薫。
「だって、あの通りにはCDショップがあるだろ?咲ちゃんクラシックに目がないから」悪戯な笑みをする神崎。
「バレてましたか?すいません」
「いいよ、今は特に忙しくないし」
締め切りなどの期間は殆ど原稿整理の業務を手伝わされ残業で帰宅が遅くなることも多く
休日出勤も時折ありその上、本来担当している事務業務も全てこなさなければならないので、
若い女子社員が続かない。
薫で3人目だが勤続3年が経過し、中々骨のある子だと神埼も評価していた。
薫は、一度会った来客にしても、訪問先で初めて会った相手にしても
その人の小さな動きや特徴を的確に記憶の中へ捉え、神崎に伝えたり次に話をする事があったとき
打ち合わせの進みが途絶えれば、さり気なく会話に加わり、場を和ませたりする事が出来る子で
外注者にも評判が良かった。
一度、寝袋を持参してきた事があったが、流石に神崎は却下し、業務目処が付き次第
タクシー代を清算させて帰した。


崇は、自室で探し物をしていた。机の引き出し、本立ての中・・・・

続いて天井まで届きそうな本棚に目がいく。

本棚の一番上にある箱の中かもしれないと思い出した。崇の身長は175cm。

背伸びをしても届かない上の方にある箱を脚立代わりの椅子に乗って下ろした。
開けると、沢山の楽譜綴りが入っていた。崇が高校生の時に使っていたものだ。
1枚1枚捲って中を確認すると、その中から1曲の楽譜が目に止まり、微笑む崇。
ちょっと指を動かしてみる。崇がピアノを弾かなくなったのは事故の時以来。
静香が事故の事を思い出させるからと、ピアノに鍵を閉めてしまったのだ。


リビングには、誰も居なかった。もう、2度と弾く事もないと思っていたピアノの前に立つ崇。
ピアノの上にある缶に入っていた鍵でピアノの蓋を開けた。
弾かなくても、定期的に調律はして貰ってるので、音は出るはず。

楽譜を目で辿りながら、鍵盤を叩く崇。


家からピアノの音が聞こえてきた事にビックリして帰宅する仁美。
「どうしたの!?」慌ててスリッパも履かずにリビングへ入っていく。

崇の肩を叩き『どうしたの?崇がピアノ弾くなんて・・・』
振り返った崇の口角は上がっており、
『ちょうど良かった、ちゃんと音になってるか聴いて』目を輝かせて語る。
楽譜を見る仁美『これ、弾きたいの?』
頷く崇は、そのまま演奏に入った。楽譜を捲ってあげる仁美。


昔の崇の実力よりは、劣ってはいたが、それはちゃんと音になっていた。

仁美が崇の真横で拍手をする。
『ちゃんと、音になってたわよ、もう少し練習が必要だけど』
嬉しそうに微笑む崇。


ピアノの上に置かれた楽譜はエルガーの「サリュー・ド・アムールー愛の挨拶ー」だった。




つづく



キャスト
大沢 崇:窪田正孝 
咲田 薫:小林涼子
大沢 仁美:水崎綾女
神崎 渉:谷原章介



BGM♪
EDWARD ELGAR: Salut d'Amour
(エドワード・エルガー 愛の挨拶)