■介護の痛みとは?■
昨日の話題ともちょっとリンクしますが、
介護スタッフの感じる大変さと、
家族の感じる大変さの違いは、
そこに悲しさ、切なさが存在するかどうかです。
もちろん我々介護スタッフも人間なので
利用者さんの認知症が悪化するのを見たら
とうぜんそれは悲しい。
どうやっても良くできないと切ない。
でも家族ではないから、
そこは割り切って仕事として
とらえることができるのです。
そんな悲しさ、切なさに似た感覚を
いつでも引きずっていたら
プロとしても失格ですから。
冷たいようでも、
それくらいじゃないとやってられないんです。
だけどひとつだけ印象に残っているケースが
あったのでそれを紹介します。
もう何年も前の話ですが、
ある利用者さんが入居しました。
その方は昔、
デイケアで働いていた頃に知っていた方で、
数年の間、
とても良い関係でいた人です。
自分で言うのもアレですが、
その方は俺のことをいつも大好きでいてくれて、
よくデイケアから送っていくと
「帰る前に握手して、あなたと握手すると
とてもうれしい気持ちで過ごせるの、
みんなには内緒よ」
と言ってくれるような、
本当に可愛らしい方でした。
しかし数年ぶりに会うその方は、
ずいぶん認知症が悪化して、
まるで別人のようでした。
俺のことはかろうじて覚えてくれてはいました。
でもそれは
「わたしを捨てたイヤな人」
として。
何年も会わずにいたから、
そんな感覚になってしまったのか
わかりませんが、
すごくショックでした。
でももっとショックだったのは、
その方が突然、
武器を持って襲いかかってきたときです。
それはもう、殺意すら感じるくらい
真剣に向かってくるのですから、
恐怖も感じはしますが、
それ以上に悲しく、そして切ないです。
なんでこんなことになったんだろう。
もちろん、病気のせいです。
それまでにもグループホームに
うつってからはイヤというほど、
認知症という病気のひどさは目にしてきたし、
襲われることだって何度もありましたが、
このときほど認知症という病気が
いかに残酷なものか
思い知ったことはありませんでした。
あんなにお互いにいい関係でいたのに、
大好きだったはずなのに、
優しかった人なのに、
こんな病気になったせいで
まったくの別人になってしまう。
しかも現状では、
100%治すすべもなく、
良くなるときは
動けなくなってそういう行動がおさまった
というだけで、
何も根本的な解決にはなっていない。
こんな残酷な病気があるでしょうか。
そしてそんな変わり果てた親の姿を
家族は自分たちの目で
見なくてはいけないのです。
あまりにも切ないです。
ときには厳しく、そして優しかった
大事な親、義理の親、
そんな人たちがこの病気になったせいで、
まるで別人に変わっていってしまう。
それを平然と対処できるほうがおかしいです。
だけど我々にはそれができる。
それをするのが仕事だからです。
他人だからできるんです。
その違いをすべての介護スタッフは
理解してあげてほしい。
我々よりも家族のほうが
ずっと苦しんできたということを。
もっとも俺の場合は、
自分の家族が心の病気で
少し似たような境遇を体験してたこともあるから
余計に家族に対しての思いのほうが
深くなってしまうわけなんですが。
ここに書いたことはあくまで一例であって
家族それぞれに違った苦しみ、
介護の痛みが存在しています。
家族介護者の支援がろくに充実してないことや、
介護スタッフの給料もさっぱり
アップしない国の政策を見るにつけ、
本当にため息が出ます。
彼らだっていつか思い知るときが
くると思うのだけど。